イースター礼拝(中学)

今年のイースターは4月20日でしたが、本校では礼拝日程の都合上、4月22日に中学生、
23日に高校生対象にイースター礼拝を行いました
イースターはキリスト教の暦でイエス・キリストの復活を祝う日です。
キリスト教主義学校の本校においても、イースターは最も大切な宗教行事のひとつです。
この日はいつもの朝の礼拝の時間帯でしたが、日本キリスト教団紅葉坂教会の岩橋常久牧師
を招いて、お話をいただきました。


1.讃美歌151番「主イエス・キリスト 復活」


2.聖書 新約聖書「テモテへの手紙 供彗茖仮錬言瓠腺浩

イエス・キリストのことを思い起こしなさい。わたしの宣べ伝える福音によれば、この方は、
ダビデの子孫で、使者の中から復活されたのです。この福音のためにわたしは苦しみを受け、
ついに犯罪人のように鎖につながれています。しかし、神の言葉はつながれていません。


3.説教『You win some, you lose some.』
   日本キリスト教団紅葉坂教会 岩橋常久牧師

以下、要旨を掲載します。

・キリスト教主義の学校は「変な」学校。
お祈りしたり、音楽の時間でもないのに歌を歌わせられる。聖書という本の授業があった
り、イエスという人物を神であるとか神の子であるとか、救い主であるなどとありがたく
話すのも変。

・その聖書に書かれてあることはもっと変。今日読まれたところには、「復活された」と
あった。これはよく「生き返った」ことだと思われる。
 しかも、今日の聖書には、そのイエス・キリストのことを「思い起こしなさい」といっ
ている。

・英語や数学などの内容を思い起こしなさいというのは変ではない。学校として、あたり
まえのこと。 しかし、死者の中から復活したイエス・キリストを思い起こしなさい、と
勧めている。

・聖書は、これを「福音」だという。「福音」って何。「福音」は、「いい知らせ」とい
う意味。入学試験の合格、それは「福音」。
そして合格したから、みなさんは、今、この学校にいる。

・今日の題の、You win some, you lose some.とは人生、勝ったり負けたり、そこそこよ、
という意味。人生、勝ちっ放しでもないし、負けっ放しでもないよ。

・それでも、死者の中から復活したイエス・キリストは「よい知らせ」といわれても、
「よい知らせ」だと思えるわけがない。もし、復活することが「死者の中から生き返る」
ことだったら気味が悪い。ゾンビの世界。そんな人物に近寄りたくもないし、まして思い
起こしたくもない。 

・そこで、みなさん方は、どうも「復活」というのは、死者の中から生き返ったというこ
とではなさそうだと思い始めていただきたい。

・愛する人が亡くなったら、「死者」にはならない。皆さんにとって、死んだ愛する人は
「死者」ですか。皆さんには、亡くなられてもおじいさん、おばあさんは「死者」ではな
く、わたしの、ぼくのおじいさん、わたしの、ぼくのおばあさんでしょう。
「わたしの」とか「ぼくの」という時には、おじいさん、おばあさんとのみなさんがたの
つながり、関係、絆があるからではありませんか。

・つながり、関係、絆が強烈であるあるほど、みなさん方の中におじいさん、おばあさん
のことは現実味を帯びてくるでしょう。そして、くじけそうな時、弱りそうな時、いばっ
てみたい時、えらそうにしてみたい時、とても困難なことをやり遂げた時など、励まして
くれたり、叱ってくれたり、ほめてくれたりします。
そういう時に、他の誰のでもないわたしのおじいさん、ぼくのおばあさんという思いに
なります。

・イエス・キリストの死者からの復活は、イエスと弟子たちの深いつながりの現実があっ
てのこと。 イエスと一緒に生活した人たちにとっては、イエスは「死者」になったのでは
なく、たしかに十字架にかけられて殺されたけれども、「死者」になったのではない。
イエスとの強烈なつながり、関係、絆が弟子たちにもあるのです。

・彼らは、たしかにイエスが殺されたあとは気落ちして、弱気になっていまいたが、しだ
いにそのイエスに励まされ、勇気づけられ、希望を与えられ、彼の語られたこと、なさっ
たことを他の人たちにも伝えて回るようになります。
 自分たちと同じような人たちにイエス・キリストのことを知らせるためです。

・私たちは、彼らのように、イエス・キリストとじかにつながり、関係をもち、絆をもつ
ことはできません。
でも、私たちには聖書がある。とくに福音書にはイエスの語られたこと、なさったこと
が書かれている。

・関東学院で、聖書を読み、イエスのことを知っていくのは、イエスとのつながり、関係、
絆を持つためです。
 それを目的に、聖書を読みましょう。せっかく与えられた機会ですから、皆さんの人生
にとって大事な出会い、イエス・キリストとの出会いを経験させてくれる学校であり、聖
書の時間であり、このような礼拝の時間であると思います。
人生は、You win some, you lose some.です。
でも、その人生にイエス・キリストはつきあってくれます。彼が復活しているからです。


4.頌栄 讃美歌541番


本校はキリスト教主義の学校です。イースターはイエス・キリストの復活という福音をとも
に分かち合える特別な日であることを認識してもらいたいと思います。


受難週を迎えての礼拝

イースターおめでとうございます!
今年のイースターは4月20日なので、4月15日の礼拝は受難週(4/13〜19)の中での礼拝にな
ります。この日の礼拝は、イエスの受難を思い、昨年まで本校で音楽を教えていただいた
高木佑子先生に讃美していただきました。

高木先生は、東京藝術大学音楽学部声楽科を卒業、二期会オペラ研修所を修了されました。
オペラアンサンブル、宗教曲、芝居など様々な舞台に出演されています。


「ヨハネ受難曲」の中の『溶け流れよ、わが心よ』というJ.S.バッハの曲を讃美しました。
この曲はヨハネによる福音書に基づく曲ですが、マタイによる福音書の影響を受けている
ところが聞きどころである、との解説をいただきました。


礼拝堂に高木先生の美しいソプラノが響き渡り、生徒たちは思わず聞き入っていました。
宗教主任の伊藤先生によるお祈りのあと、礼拝堂は高木先生への感謝のあたたかい拍手に
包まれました。


教会の暦を学び、素晴らしい音楽を堪能する。キリスト教の学校ならではの有意義な朝を
過ごすことができました。


校長メッセージ(2013年度修了式)

 2013年度修了式

聖 書 マルコによる福音書15章6〜15

 題  「バラバとユダ」

メッセージ 河合 輝一郎 校長

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 今、教会暦ではレント(受難節)をむかえています。私たちキリスト者はこの時期、イエス・キリストの十字架に思いを寄せ、悔い改めと真摯な祈りを通して、今までの自分たちの生きかたを省みる時としています。イースターまでの46日間がそれに当たります。
 イエスの十字架を考える時、二人の人物が思い浮かんできます。一人はイスカリオテのユダ、彼は銀30枚でイエスをユダヤ人たちに売り渡した者として裏切り者の烙印を押されています。ヨハネによる福音書13章に書かれていますが、イエスから「しようとしていることを、今すぐしなさい」と言われ、彼はイエスからパンを受け取ってイエスから離れていきました。太宰治が「駆け込み訴え」という短編にまとめていますが、ユダの気持ちを太宰なりに書いていますので是非読んでいただきたいと思います。

 もう一人の人物、それが先ほど読んでいただいたバラバという人物です。聖書には、「暴動の時人殺しをして投獄されていた暴徒」と書かれています。ユダの気持ちを太宰が小説にしたように、バラバについても、スウェーデンの文学者ラーゲルクヴィストが1950年、小説にしています。
 死刑囚として牢屋に入れられていたバラバ(小説では盗賊の親玉となっています)は、獄吏から場内広場に引きずり出されそこではじめてやせて弱々しいその男を見ます。何とも不思議な男だという印象を彼は持ちますが、自分と同じ死刑囚だとはどうしても思えません。なぜこの男が死刑の宣告を受けたのだろうという思いを持ちます。一目見ただけで、その男に全く罪がないのは明白であるのに、なぜと思うわけです。ところが、罪人を1人裁く代わりに別の1人の罪人を釈放するというユダヤの慣習によって、磔刑になるはずだった自分が、足枷・手枷を解かれ釈放されてしまう訳です。自由にはなったものの自分と引き換えになったその男の最期を見届ける為に、彼はゴルゴダの丘を登っていきます。男が息を引き取るその瞬間、丘全体が暗くなり闇に包まれます。その時、十字架上の男が大声で叫びました。「神よ、わが神よ、なぜ御身は私をお捨てになったのか。」その声をバラバはしっかり聞いたのです。
 自分の代わりに死刑に処せられたキリストの磔刑を目撃したことで、彼は自分の今までの生き方に疑問を抱きます。そして「充実した生き方」「本当の人生」への欲求が心に芽吹くのを感じますが、「誰も愛しきれず、何も信じきれない」彼の心理状態は当然容易には変わらず、逡巡や不振を繰り返してしまいます。その結果、彼は十字架につけられてしまいますが、最後に「おまえさんに任せるよ、俺の魂を」と言って息絶えていくのです。
彼は彼の誕生を望まない両親から生まれました。天涯孤独な身の上でした。しかし自分の身代わりで磔刑になったイエスに対して、自分とは明らかに違う男なのに、自分の身代わりになったという1点で、彼は彼なりのシンパシーをイエスに感じて、「おまえさんに任せるよ」と言ったのではないかと思います。 
 ユダも同じです。太宰の「駆け込み訴え」では、イエスを尊敬し信頼しきっています。信頼するが故に彼を独占したいという思いが強くなり、最後は裏切ってしまいます。イエスが十字架で亡くなった時、結局イエスを裏切ってしまった自分の罪を悔やみ、自殺をしてしまうのです。聖書に書かれている内容とはまったく異なる小説の話ですが、二人の男の生き様が、少なくともイエスの十字架によって変えられた点に私は注目するのです。

 先ほど読んでいただいた聖書について考えたいと思います。ここで注目されるのは民衆とローマの総督ピラトという人物です。先ほども言いましたが、ピラトは過ぎ越しの祭りの時期に一人の囚人を許すことにしていました。キリストの裁判もこの時期に当たりました。ピラトは「バラバかキリストか」どちらを許すのかを民衆に尋ねています。民衆は指導者に煽動されて「イエスを十字架につけよ」と叫びます。彼らはイエスがエルサレムに入城してきた時、「ホサナ・ホサナ」と叫びイエスを歓迎した群衆です。その同じ人々が今度はイエスを排除しているのです。主体性を失った群衆、それは私達自身の姿でもあるのです。
ピラトはどうでしょうか。祭司長たちがイエスを引き渡したのは、ねたみの為だと言うことが分かっているのに、彼は民衆の叫び声に屈服します。彼はイエスが十字架に架けられるような人ではないことが分かっていました。しかし、ねたみに満ちた人々の声に屈服したのです。彼自身の理性も良心の声も、彼の間違った行動を止めることができませんでした。結局、神の前に立つよりも、人前に立ってしまう人間だったのです。これも私達自身の姿なのです。

 バラバやユダは私達一般の人間から見れば、悪と言われても仕方がない人たちでした。しかし、彼らはイエスと出会うことで、自分の生き方を自分の責任で決定付けた人たちです。誰かに言われて、煽動されて、自分の意思に従わないで動かされた人ではないのです。しかし、聖書に書かれている人々はそうではなかった。主体性を持たないで、周りの影響を受けてころころ変わってしまう、しかもそういう自分を正当化して責任をとることもしないで生きている人々なのです。そしてそれは私達自身の姿でもあるのです。人間はそういう意味では実に弱い存在なのです。
 神さまはイエスの十字架を通して、私たちの弱さをものの見事に示しているのです。そしてそこから本当の生き方とは何かを私たちに示しています。イエスの十字架の購いによって私たちの罪は許されたと、神さまは私たちに示してくださっているのです。そこに裁きはありません。弱い自分を意識することで、そしてイエス・キリストが私たちに語ってくださったその言葉を受け入れることで、私たちは本当に身での人間として生きていくことができるのです。

 今年度最後の修了式です。1年間、」皆さんはそれぞれの思いを持って学校生活を送ってきました。その中で皆さんは意識するにせよ意識しないにせよ、自分を中心に置いて仲間たちとの関わりを続けてきたと思います。自分とは何か、もう一度ここで考えてほしいと思います。そして皆さんは4月からそれぞれ進級していきますが、ぜひ頑張っていただきたいと思います。
 


第62回卒業礼拝メッセージ

2月26日(水)に行われた卒業礼拝のメッセージです。

 講 師 : 安積 力也先生 (基督教独立学園高等学校校長)
 説教題 : 「もう一人の私へ」

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  「自分の声を本当に聞いたことがありますか。
  心の奥に巧妙に隠してきた自分。
  人に絶対見せないできた自分。
  いや、自分自身に対してすら見せないようにしてきた自分。
  見ないようにしてきた自分。
  今までずっと心の奥、牢獄みたいな場所に閉じ込めてきた自分。
    自分で殺してきた自分。今まで本当は生きたかったけれど、生きてこなかった自分。
  今まで誰にももちろん人からも、いや自分自身からも認められなかった自分、
  その自分の声を聞いたことがありますか。聞こうとしたことがありますか。」

 私の出会ったある高校3年生の生徒の話をします。しかもちょうどこの時期。もうすぐ卒業間際で本当にやっと自分に出会えた1人の生徒の話をします。

 私が最初に赴任した学校は、新潟県にある小さなキリスト教主義の高等学校です。寮があり、半分は全国から集まって来る男女共学。この生徒は、ある地方都市からやってきた女子の生徒。教師にだけではなく、同級生にも先輩達にも対してもいつもにこやかで穏やかな表情をくずさず、落ち着いていて、すごくいい感じを与える、誰が見ても彼女は、「良い子」。事実、クラブ活動でも、学校の行事でも、本人は決して優等生タイプではないのだけれど、いつのまに何か責任ある職に押し出されてそれを引き受けて黙々とやる人でした。上級生になると、下級生からとても慕われ、放課後によく相談にのっている姿を見かけました。修養会などのキリスト教教育のプログラムでもよく発題者として生徒の代表に選ばれました。

  私と彼女との出会いは、高校2年生の時に私の世界史を取ったので、授業で近いところで対面することになりました。私は時々1人の歴史上の人物に焦点をあてて、なぜその人物がその時代の深刻な問題への担い手と変貌していくか、その若いときからのプロセスを1時間かけて話すということを意識してやって、その人の内面の深いところをそれこそ死にたくなるような、自分の苦闘の部分を話すことがあります。そういう話を聞く時は、彼女の表情が違うんです。特に目つきが違う。何か暗くしかしキラっと光る鋭い眼差しを向けてきます。たまたま目が合うと、ハッとその眼差しにヴェールをかけて元の穏やかな眼差しになります。その印象は深く私に残りました。  また、もう一つ見えてきたことは、同級生や下級生の相談には、本当に逃げないできちっと向き合うのですが、自分の方から人に相談を持ちかけるということをしないという姿勢です。常にある距離以上は人に近づかないという姿勢をとっていました。
  11月、大学が推薦入試で決まっていた頃、校舎の3階の廊下の窓のところに頬杖をついて、向こうに見える広々と広がった日本海をじーっと見ている彼女の姿が目につくようになりました。 日本海は、11月になるとシベリア方面から真っ黒な黒雲が、まるで不気味に攻めてくるように日本列島側にやって来ます。それまで透き通るような深いブルーだった日本海の色が、逆転します。しかも烈風が吹いていますから、すごいうねりです。 じっと見ている彼女の横顔が妙に暗い。何か悩んでいるのだろうと私は思いました。
 ある日、廊下の向こうから彼女が歩いてきました。私はいつもの調子で「おっ!」と挨拶をしました。いつもなら明るく「こんにちは」と言ってにこっと笑ってくれます。しかし、この時は突然立ち止まり、じっと私の顔、目を見ます。いつもとちょっと雰囲気が違うので、私も止まって目を見返しました。すると、突然です。彼女の目からすーっと涙が落ちました。私もさすがにびっくりしました。「おい、どうした」そしたら、あわてて手のひらで涙を払いのけて、まるで逃げるように「なんでもありません!」と言って、すーっと行ってしまいました。何か悩んでいるんだなとは思いましたが、私は追いかけませんでした。
 その日、夜の8時を過ぎていたと思います。様々な仕事を終えて、これから明日の授業の準備をやろうと思って社会科準備室に行きました。少し始めたくらいだと思います、社会科準備室のドアをコンコンとノックする音が聞こえました。すぐ近くに寮がありますので、男子寮女子寮、寮生はこの時間、勉強の時間になっているのですが、先生の所に、もし必要な場合行くことが許されています。「また誰か来たな」と思いました。私は、教師になった時からどんなに忙しい時でも、生徒が話に来たときには、「全てを差し置いてそのこと向き合おう、教師になった限りはこれは絶対守り抜こう」とやってきた教師です。 「どうぞ」と言うと、ガラガラとドアが開いて彼女が入ってきました、座って向き合いました。私は黙っていました。
 最初に彼女が言った言葉、「先生、私このままでは卒業できないんです」私は黙って聞いていました。「多くの先生、あるいは同輩や後輩達は、私のことをすごくしっかりした考えを持っている人と見ていてくれる。でも先生、本当は私は違うんです。本当の私って自分の考えがないんです。本当の私って実は空っぽなんです。私このままじゃ卒業できない」そう言って、初めてさめざめと泣きました。私はふっと感じたことを言葉にして返した。「あなたはどこかですごく大事な物を諦めてしまったみたいだね」と。彼女はギクッとして目を上げて、「先生どうしてそれが分かるの」と聞きました。「いや、私の心が感じたからそう言ったまでだよ。」と答えました。そしたら彼女は、ちょっと座り直しました。まるで意を決したように一つの話をし始めました。

 小学一年生の夏休みが終わった9月の初め頃、一番苦手な算数のプリントが3枚も宿題に出ました。「はい、宿題しましょう」という母に、気持ちがむしゃくしゃしていた私は、「お母さん、なんでこんなイヤな勉強しなきゃいけないの?私こんな勉強するのイヤ」。と言いました。母の顔が突然、恐ろしい鬼の面に変わった。そして、こう言ったんです。『あなたは、そんなことを考えなくていいの。勉強しなさい!』。あの時からです、私は、”考えちゃいけないんだ、言われた通りのことを言われた通り一生懸命やらなくちゃいけないんだ、そうしないとお母さんが恐ろしい鬼になっちゃう”」と。
 彼女は、正直な気持ちを話し終えて、表情は私が見たことのないような、その奥に本当に澄み切った美しい彼女の素顔でした。彼女が最後にこう言ったんです。「先生、私、この空っぽの自分から、出発していいんですか」 私はまだ30代、若造の教師だったもので、全身全霊で本気で答えました。「そうだ、その通りだ」  寮まで送って行ったその道で、彼女はこう言いました。「先生、私、頭の奥で、何か凍り付いていたものが溶け始めたみたいです。先生、いつか私が本当の私の考えを持てるようになったら、また先生に会いに来ます」そう言って別れました。彼女は、正直な気持ちを話し終えて、表情は私が見たことのないような、その奥に本当に澄み切った美しい彼女の素顔でした。彼女が最後にこう言ったんです。「先生、私、この空っぽの自分から、出発していいんですか」 私はまだ30代、若造の教師だったもので、全身全霊で本気で答えました。「そうだ、その通りだ」と。  寮まで送って行ったその道で、彼女はこう言いました。「先生、私、頭の奥で、何か凍り付いていたものが溶け始めたみたいです。先生、いつか私が本当の私の考えを持てるようになったら、また先生に会いに来ます。」そう言って別れました。

 この話を、人ごとに聞いている人は、まぁかっこ付きですが「幸せな人」ですね。人ごとでなく聞いている人、辛いだろうけどここを避けたら本当の自分の人生は始まらない、流されてく人生になりますよ。いったい、彼女は何をしたんでしょうか、卒業の間際に。自分と真向かったんだと思います。人とでもありません。他ならないこの自分自身と真向かった。見ないでおきたかった自分、心の底に、封印しておきたかった自分、それを直視したのです。
  関東学院六浦で6年間過ごしてきた皆さんならわかるはずです。好きでも嫌いでも、日本の多くの学校にはないこの礼拝の時間をどれほど多く経験してきたか。そこで寝ていようが反発していようが、その場にいたはずです。彼女も全くキリスト教と関係がなく、心を深く礼拝の時に閉じていました。ところがだんだん変わって行きました。決してキリスト教のキの字も言わないし、信仰のしの字も言わないタイプの人ですけど、彼女は礼拝の時に、示される聖書の言葉とか、人間の真実、見かけじゃなくて本当の姿、それに接するたびに、何か自分の中でごまかしている物を感じていたんです。自分を見つめていくうちに、それまで、これは自分の意見だと信じ、これが自分だと思い込んでいたものが、一つ一つはぎ取られていく。気がついたら、残ったものは、自分の心の奥底の暗闇に縮こまっている、幼い空っぽの自分だけ。
 このまま卒業して行ければ、表面上はどんなにルンルン気分で、まわりともやっていけた、だろう。彼女はそれを許さなくなったわけです。そして、最後にこう言いました。「この空っぽの自分こそ、本当の自分の姿だった。この自分が芯になって、ここから出てくる思いこそが、見栄でもなんでもない、自分の本当の願いになるんだ。その願いに立ってもう自分をごまかさないで生きたい。こう思って勇気を持って一人の他者の前に立ったのです。

 「私は本当のところ何を願っている人間なのか」皆さんこう問われたら、もう自分の中で答えを見いだせますか。10代の終わりというのは、人生の一番感受性が鋭い時です。「私のなかでこんな格好のいいこと言ってるけど、ウソだ」と感じる感受性、その感受性を持ってこの問いの前に立てますか。「私は本当のところ何を願っている人なのか」。親の願いではない、先生方の願いでもない、友達が私に期待してくれるような願いでもない、世の中が、この国が、こうあるべきだというような願いでもない。「この私は自分自身に対して何を願っているのか。」「このことがわかるためなら、私はどんな嫌いな勉強でもやる」、「このことが出来るようになるためなら、血が出るような練習だってやる」、と言えるほど知りたいこと、出来るようになりたいこと。それは何なのか?」

 今日読んでいただいた聖書の箇所、今から数千年前皆さんと同じようにうめきながら、本当はうめきながら生きていた、しかも、神さまを求めていた人の祈りです。「主に自らを委ねよ、主はあなたの心の願いを叶えてくださる」、という確信を持った祈りです。しかもここでいう心の願いというのは、本来でいう単純な願いではなく、心の底の底の底のどん底にある願いです。どん底とは絶望の場所です。私なんてもう生きてる価値すらないと思う場所ですその願いを神様はかなえてくださる、という確信です。
 そういう最も深い欲求、皆さんもう自分で見いだしてますか。見いだそうとされてますか。それを生きようとしていますか。さっきの生徒は、卒業前の土壇場で、この願いに立ったんです。なぜそれができたか。どん底で、自分の無力でどうにもならない場所で人間にできることはただ一つです。祈るということだけです。キリスト教の信仰云々なんて関係ないです。人間に誰でもできること、絶望して死にたくなってもできること、ひとつ残ってます。それは『祈る』という行為です。彼女はそれをやった。祈る世界っていうのは、嘘をつかなくていい世界です。彼女はそれをもって、この世界に立って初めて、あぁ私はどんなにダメでも、このダメな私であっていいんだって確信したんでしょう。そして、本当の自分を生きる勇気を与えられて、空っぽの自分から出発していきました。  

 
 


第62回卒業礼拝

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2月26日(水)、本校礼拝堂にて第62回卒業礼拝を行いました。
卒業を控えた6年生と全教員が共にこの記念の礼拝をささげることができました。
この礼拝はもちろん、6年生の生徒が本校でこれまで礼拝を守り続けてこれたことに心から感謝いたします。
礼拝メッセージは、基督教独立学園高等学校の校長先生である安積力也先生にお願いをいたしました。
メッセージは「「もう一人の私」へ」というタイトルです。
安積先生のお勤めした学校で、ある生徒に起こった出会いについてお話してくださいました。
その出会いとは、説教(メッセージ)のタイトルでもある「もう一人の私」との出会いです。
安積先生は、その生徒に起こった出会いの貴重さを心を込めてお話してくださいました。
またその出会いは、卒業を控えた生徒一人ひとりが必要とされる出会いでもあると強く訴えられました。
心を大きく揺さぶられるメッセージであり、生徒たちも本当に真剣に先生の話に耳を傾けていました。
本校での6年間を振り返る機会であるとともに、本校を巣立つ生徒への励まのメッセージでもありました。
卒業礼拝のために説教の労をとって下さった安積先生には心から感謝申し上げます。ありがとうございました。
以下、本ブログではこの卒業礼拝の様子をプログラムに沿ってご紹介いたします。

第62回 卒業礼拝
                          
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 司式 伊藤多香子   奏楽 深野 基

前 奏

招 詞 ヨシュア記1章5節

     一生の間、あなたの行く手に立ちはだかる者はないであろう。
     わたしはモーセと共にいたように、あなたと共にいる。
     あなたを見放すことも、見捨てることもない。

頌 栄 539(あめつちこぞりて)

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主の祈

交読文 詩編8編2〜10節

     主よ、
       わたしたちの主よ
     あなたの御名は、いかに力強く 全地に満ちていることでしょう。
     天に輝くあなたの威光をたたえます
       幼子、乳飲み子の口によって。
     あなたは刃向かう者に向かって砦を築き
       報復する敵を絶ち滅ぼされます。
     あなたの天を、あなたの指の業を わたしは仰ぎます。
       月も、星も、あなたが配置なさったもの。
     そのあなたが御心に留めてくださるとは
       人間は何ものなのでしょう。
     人の子は何ものなのでしょう
       あなたが顧みてくださるとは。
     神に僅かに劣るものとして人を造り
       なお、栄光と威光を冠としていただかせ
     御手によって造られたものをすべて治めるように
       その足もとに置かれました。
     羊も牛も、野の獣も
       空の鳥、海の魚、海路を渡るものも。
     主よ、
       わたしたちの主よ
     あなたの御名は、いかに力強く 全地に満ちていることでしょう。

讃美歌 453(きけや 愛の言葉を)

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聖 書 詩編37編4節

     主に自らをゆだねよ
      主はあなたの心の願いをかなえてくださる。

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祈 祷

説 教 「もう一人の私」へ
 
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    安積力也 先生 基督教独立学園高等学校 校長 

祈 祷

讃美歌 494(わが行くみち いついかに)

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頌 栄 531(ちちみこみたまの)

祝 祷

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後 奏


◆講師紹介

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 安積力也 先生 基督教独立学園高等学校 校長

 栃木県生まれ。国際基督教大学大学院修士課程(教育哲学)修了。
 新潟市に創設されたキリスト教主義の敬和学園高等学校で教鞭をとり教頭を務める。
 キリスト教学校で唯一の難聴児の学校である日本聾話学校から招聘され校長を務める。
 恵泉女学園中学校・高等学校の校長を経て、現在山形にある基督教独立学園高等学校の校長。
 御著書に『教育の力―「教育基本法」改定下で、なお貫きうるもの―』岩波ブックレット715がある。
  (※著者からのメッセージはコチラ。)



◆お知らせ
 この卒業礼拝のメッセージの要旨は後日、本ブログにアップいたします。
 どうぞお読みください。


賛美礼拝:3年生総合学習(ゴスペル)

2月21日(火)の礼拝は、中学3年生の総合学習の時間で「ゴスペル」を選択している生徒による賛美礼拝でした。
この日の礼拝奉仕に向けて、水曜日の総合学習の時間に練習を重ねてきました。
賛美した曲は「Oh Happy Day」です。

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Oh Happy Day  
( by Edwin R. Hawkins)

Oh happy day (oh happy day)  
Oh happy day (oh happy day)
When Jesus washed (when Jesus washed)
When Jesus washed (when Jesus washed)
When Jesus washed (when Jesus washed)
He washed my sins away  
Oh happy day 

He taught me hoe to watch, fight and pray  
Fight and pray
And live rejoicing every day
Every day!

聞いていた会場の生徒達からは、自然に手拍子が起こりました。
この日はいつもの礼拝とは違った形で、賛美を通してみ言葉に耳を傾け、
自分を見つめる時間を過ごすことができました。

〜国友よしひろ先生(ゴスペルディレクター)による曲紹介〜

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この歌の内容は、「神さまがわたしの犯した罪を拭い去って下さる」ことによって
「Happy」になるということです。
今までの反省すべき様々なことを考え、悔い改めることによって、神さまに喜ばれる
「幸せな日々を」過ごすことが出来るということなのです。

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タイトルである「Oh Happy Day」をリードシンガーとコーラスが交互に歌う
コール・アンド・リスポンス、すなわち応答形式で何度も繰り返していきます。
クラス内のメンバーで分けて応答形式を練習しました。
 


3学期始業礼拝

今日から3学期が始まりました。

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中学校は8:50から、高校は9:50から、始業礼拝を行いました。

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【校長のメッセージ】

聖書箇所 マルコによる福音書2章15節〜17節(P.64)

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 昨年の大晦日、NHKのEテレで、「僕は忘れない」というドキュメントを見る機会がありましたが、それを見ていて「人が生きるということはいったいどういうことなのか」を真剣に考えさせられました。 香川県高松市。瀬戸内海に浮かぶ小さな島の療養所があります。この療養所は、100年以上前に建てられたものですが、ハンセン病の元患者80人が暮らしています。平均年齢81歳。国の誤った政策により故郷や家族から引き離され、病気が完治した後も隔離され続けた人たちです。ハンセン病とは「ライ菌」というウイルスにより、神経や皮膚が侵される病気ですが、感染力は弱く、1943年には優れた薬の開発によって完治する病気になりました。しかし、1907年から隔離政策をとってきた日本政府は、薬の開発により完治することが証明されているにもかかわらずそれを公表せず、1996年まで1世紀近く患者たちに隔離生活を強要してきたのです。 入所者の多くは家族を差別や偏見から守るために、本名を捨て偽名を名乗ってきました。子どもをつくることは許されず、断種や堕胎が行われていました。  国が過ちを認め謝罪したのは2001年。しかしその後も入所者たちは故郷に帰ることができず、この島で年齢を重ねてきました。島の納骨堂で眠る遺骨は2000を超え、今も毎年増え続けています。このままいけば、やがて誰もいなくなってしまう療養所です。ところがその記憶を受け継ごうと決意した青年がいたのです。 青年の名前は吉田昂生さん18歳です。母親が療養所の介護員として働いていたため、小学校の6年間をこの島で暮らしました。入所者のお年寄りからかわいがられ、この島を自分の故郷と感じてきた昂生さんです。彼は小学校卒業後もたびたび島に通い、外から来た人たちを案内する「大島案内」のボランティアを続けてきました。 その昂生さんが最も尊敬する入所者の一人が山本隆久さん(80歳)です。陶芸家としても知られている山本さんは「島の土」を使って作品を作り続けています。自分が隔離されたこの島の土を使うことで人間としての尊厳を取り戻そうとしているのです。山本さんはハンセン病であることから、数多くの差別や仕打ちを受けてきました。手で触れたものは汚いとののしられ、避けられてきた人生でした。しかし陶芸に出会い、自分の作品を他人が見たり触れたりすることを目の当たりにして「そんなはずはない」と思いながらも、良くできたと思う作品が高い評価を得て人々に求められていることを知ります。陶芸を通して社会と繋がることができる。それだけでなく、心そのものが社会に復帰することができると確信した山本さんは、「自分の生きた証を残したい。ハンセン病を忘れていくのではなく残していきたい」と思うようになります。  昨年の春に大学に進学した昂生さんは、そういう山本さんたち入所者の人々の思いを「大島案内」でできるだけ多くの人たちに語り伝えていきたいと考えるようになりましたが、聞き取りの中で入所者が語る「島の歴史」を知れば知るほど、この島が歩んできた歴史の重みに心ふさがれる思いを彼は持つのです。ハンセン病で亡くなった方たちの納骨堂がありますが、亡くなった後も故郷にいる人々が引き取ってはくれずに安置されています。死んだ後も、人間を人間として認めない社会が現実に存在していたこと。そしてこの島の人々が今もなお差別と偏見の中で生きていかなければならない現実を目の当たりにした時、18歳の青年がたんたんと語るその言葉の重みが何重にも私自身の心を圧迫しました。  先ほど読んでいただいた聖書は、イエスが罪人や徴税人たちと食事をしているのをファリサイ派の律法学者が見咎めた言葉に対して、イエスが反論しているところです。 徴税人というのは、ローマ支配下のパレスチナ地域でローマの下っ端役人として税金を取り立てる仕事をしていた人々です。そのために宗教的な指導者であるファリサイ派からは軽蔑を受け、また一般の人々からも嫌われていました。そのような徴税人にイエスは歩み寄り、共に食事をされているのです。当時のユダヤの社会では、穢れた人、病人、異文化の人たちと食事を共にすることは許されないことでした。徴税人たちと食事をすることは、その人も同じように穢れているとされ、人々から嫌われました。しかし、イエスはそのことをも動ぜず彼らに歩み寄って食事を共にしたのです。そのことでイエスは彼らにもう一度生きる喜びを与え、同時に当事の社会の価値観に対して、大胆に挑戦していったのです。  私たち人間社会にはいわゆるタブーと言われているものがたくさんあります。しかしそれら一つひとつを見ていくと本当にそうなのかと思われるものがかなりあります。それにとらわれて本質を見誤るのではなく何が今問われているのかをもう一度考える必要があると思います。  新しい年を迎えました。たぶん皆さんも新年の挨拶として「新年明けましておめでとうございます」と言ったと思います。ある友人から教えていただいたのですが、アイヌ語では、「アリシバ オッタ ウェラム カラップ アンナー」と言うのだそうです。(新しい年に あなたの心に 触れさせていただきます)という意味があると教えられましたが、「あなたの心に触れる」という言葉は、何か優しさと温かさに満ち溢れた言葉だなと感じます。イエスが徴税人と一緒に食事をしたのも具体的に「心に触れる」行為であったと思います。そして18歳の昂生君が島の歴史を語り伝えようと決意したこともすべてそこにつながっていると思います。 3学期が始まりました。皆さんが一人ひとりの人たちの心に触れる1年にしていただきたいと願ってやみません。


中高クリスマス礼拝の裏側



KGMブログでは、21日(土)・22日(日)の2日間に渡って、中高クリスマス礼拝を記事にしてきました。
21日(土)は「2学期終業式」と題して、クリスマス礼拝のメッセージを掲載しました。
22日(日)は「クリスマス礼拝」と題して、中高のクリスマス礼拝の様子をご紹介しました。
今日はその第3弾として、クリスマス礼拝の裏側、メイキング・オブ・クリスマス礼拝をお届けいたします!

冒頭の写真は礼拝堂2階席の吹奏楽部です(遠くてすみません)。
中学のクリスマス礼拝のプログラム「十字架」で演奏される「カンタベリー・コラール」の練習です。
チューニング、ブレスコントロール、音色のブレンドなどから始めて、綿密にリハーサルを行っています。
本校の中高クリスマス礼拝には、吹奏楽も含めて以下のスタッフが関わっています。

 朗読 燭火 ページェント 十字架 トーンチャイム 吹奏楽 聖歌隊 奏楽 総務ヘルパー 照明

このブログではすべてのスタッフの様子はご紹介できませんが、その一部をご紹介いたします。



上の写真も中学クリスマス礼拝の前の様子です。
左は燭火のリハーサルです。
燭火は礼拝の始め、聖歌隊と一緒に礼拝堂に入り、ステージの燭台に明かりを灯す係です。
また右の写真は、総務ヘルパーの生徒たちです。
総務ヘルパーは、中高クリスマスの全般に関わる仕事をこなします。
ステージに裏方としての仕事はもちろん、クリスマス礼拝に関わる様々なリクエストに応えるのが仕事です。
その他にも多くのスタッフが礼拝の準備をしています。


・・・


時間になり、礼拝堂には中学生が集合しました。
いよいよ中学クリスマス礼拝のスタートです。



なお本ブログはクリスマス礼拝の裏側をご紹介する記事です。
礼拝のメッセージはコチラ、礼拝についてはコチラをぜひお読み下さい!



中学のクリスマス礼拝が終わるやいなや、高校のクリスマス礼拝の準備となります。
上の写真は、礼拝堂の2階席下に設置するゴルペルの歌詞のプロンプターです。
今回の高校クリスマス礼拝での賛美では、4年生全員のゴルペルの賛美をいたします。
歌詞はプログラムにも記載されていますし、生徒たちも練習をしてきましたが、
顔を上げて賛美できるように設置します。



掲げられた歌詞の曲目は「Go tell it on the mountain」です。
以下にその歌詞を記載いたします(訳詞も記載いたします)。

「Go tell it on the mountain」

 Go tell it on the mountain,    出て行って、高い山に上り、
 Over the hills and everywhere,  良い知らせを伝えよう!
 Go tell it on the mountain,    世界中どこへでも出ていって、良い知らせを伝えよう!
 That Jesus Christ is born.     救い主イエス・キリストがお生まれになったことを!
 
 When I was a seeker      いろんなことに失望して
 I sought both night and day,   ほんとうのことを求めていたとき 夜も昼も心で叫んでた
 I asked the Lord to help me,   神様に助けてって祈ったら
 And he showed me the way.   道を示してくれた
 
 He made me a watchman    主は私を町の城壁の上に置かれた。
 Upon a city wall,        私を町を見張る者とするために
 And if I am a Christian,     もし私がクリスチャンだとすれば
 I am the least of all.        私は一番小さい者だけど…



さて、こちらはステージです。
高校クリスマス礼拝に備え、ステージの清掃を行います。
奏楽担当者も時間まで練習を重ねます。
ステージ上での準備が終わったころ、4年生が他の高校生より早めに集合しました。
礼拝中に賛美するゴスペルのリハーサルのためです。
下の写真はそのリハーサルを2階席から写したものです。
4年生の150名を超えるゴスペルクワイヤーの賛美はどうなるでしょうか?



賛美は2曲です。
先ほどご紹介した「Go tell it on the mountain」と「This little light of mine」の2曲です。
ここで「This little light of mine」の歌詞もご紹介しましょう。

「This little light of mine」

 私のこころの中にある  This little light of mine
 この小さな光を     I'm gonna let it shine
 輝かせよう!      Let it shine, shine, let it shine
 歩いていても      Oh, down the road
 輝かせよう!      I'm gonna let it shine
 ひかり輝かせよう!   Let it shine, shine, let it shine



ゴスペルディレクターは塩谷達也氏です。
4年生の聖書の授業でゴスペルを教えてくださっています。
今回は4年生全体を指揮してくださいました。
塩谷氏が主宰するウエブサイト「Hush Harbor」はコチラです。
詳しいプロフィールやゴスペルに関する情報などが掲載されています。
ピアノ伴奏は佐藤五魚(さとう・ごお)氏です。
佐藤氏は、楽曲提供、レコーディング、アレンジ、ライブツアーなどで多くのアーティストと関わっています。
今回は本校のクリスマス礼拝のためにピアノを弾いていただきました。



さて、礼拝堂には高校生が集合しました。
いよいよクリスマス礼拝のスタートです。
礼拝では、「大きな喜び」と題したメッセージをうかがいました。
お話は、大矢直人牧師(日本バプテスト同盟東京平和教会)です。
詳細につきましては、コチラ、またコチラをどうぞ。



上の写真はクリスマス礼拝の舞台裏です。
総務ヘルパーが礼拝堂の袖で、礼拝の進行にあわせて裏方の仕事をしているところです。
カメラを向けたので少し、和やかな表情をしていますが、仕事は真剣です。
中学・高校とクリスマスの礼拝の裏方に徹しながら、礼拝を守りました。

本校では学校全体でクリスマスをお祝いします。
そして多くの生徒がクリスマス礼拝のための奉仕をします。
今年も多くのすべての生徒と共に、クリスマスの喜びを分かち合いました。
KGMブログをお読みの皆さまも、ご家庭で、また教会でよきクリスマスをお迎えください。

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クリスマス礼拝
中高クリスマス礼拝の裏側 ※本記事




クリスマス礼拝



20日(金)、中学・高校それぞれでクリスマス礼拝・終業式を行いました。今年度も「クリスマス礼拝」を守ることで終業式とする形で執り行われました。本ブログでは、主に中学のクリスマス礼拝の様子をお伝えします。



この日のために結成された聖歌隊がキャンドルを持って入場したり、有志の生徒たちによるトーンチャイムの演奏があったりと、普段の礼拝とはかなり異なる雰囲気で行われました。


礼拝の中盤では、生徒たちによる聖誕劇(ページェント)が行われました。聖書の物語を通して、イエス・キリストの誕生を演じます。この日の本番に向けて何度も練習を重ねてきました。この聖誕劇は第一場から第五場で構成されています。
 第一場 イエス・キリスト誕生の予告
 第二場 イエス・キリストの誕生
 第三場 占星術の学者たち
 第四場 羊飼いたちへの福音
 第五場 はじめてのクリスマス
聖誕劇が終わると、吹奏楽部による「カンタベリー・コラール」の演奏とともに、キャンドルを持った生徒たちがゆっくりと入場してきます。歩調を合わせてステージまで行き、十字架体型のキャンドルライトが完成します。


最後に「クリスマスの喜び」と題して、日本バプテスト同盟東京平和教会牧師の大矢直人先生からメッセージをいただきました。


また、高校のクリスマス礼拝では聖誕劇は行わないものの、今回は4年生全員がゴスペルを歌いました。
ディレクターは、プロのゴスペルシンガーで、本校聖書科で講師を務めている塩谷達也先生です。さらに伴奏をしてくださったのは、こちらもプロのピアニストである佐藤五魚氏が引き受けてくださいました。

当日は「This little light of mine」と「Go tell it on the mountain」の2曲を賛美しました。いつものクリスマス礼拝とは違った雰囲気を楽しむことができました。

クリスマスの本当の意味、喜びとは何であるかを生徒たちは感じ取ることができたのではないでしょうか。
本ブログをご覧のみなさまも、どうぞ素敵なクリスマスをお過ごしください。


2学期終業式

12月20日(金)に2学期の終業式が行われました。
今年度も、「クリスマス礼拝」を守ることで終業式となりました。

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今日は、中学クリスマス礼拝のメッセージを紹介します。

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講師は、日本バプテスト同盟東京平和教会の大矢直人牧師です。

題:「クリスマスの喜び」

おはようございます。今朝は、関東学院六浦中学・高校の生徒たちと共にクリスマス礼拝を献げることができ、神様に感謝いたします。

クリスマスは、神の子であるイエス様が、私たちの救い主として、この世にお生まれくださったことを感謝し、祝う時です。喜びに満ちた時です。しかし、母であるマリアにとりましても、また、夫のヨセフにとりましても、御子イエスの誕生は、当初、諸手を挙げて喜ぶことが出来ないことでした。と言うのも、既に、マリアとヨセフは婚約してはおりましたが、まだ、実際の夫婦関係に入る前に、マリアが身ごもったことが明らかになったからです。

私は、このことを自分のこととして考えてみました。私の奥さんは、ミャンマーという国のカチン族という部族の女性です。この民族は、世界的にも珍しく約100万人の人口と言われていますが、ほぼ100%がクリスチャンで、離婚という制度がもともとありません。神様の前で結婚するのですから相手が良い時も悪い時も共に愛を神様の前で誓うのですから、日本のように相手が気にいらないから離婚するといった考えがそもそもありません。だから、よっぽど慎重に結婚相手を選ぶわけです。その相手が、まだ結婚もしていないのに身ごもるなんてことは、あってはならないことでしょう。もし、私ならばまだ結婚してもいないのに、誰の子どもかわからない子どもも含めて婚約者を受け入れることができるかと考えれば、とうてい、赦されないような出来事だと思います。

ところが、この危機的な状況の中で、ヨセフが取った態度は、非常に注目されるものでした。聖書は、このことについて、「夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表沙汰にすることを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心した」と伝えています。

この箇所をみなさん、どう思いますでしょうか。

私は、なんかすっきりしないと思いました。「夫ヨセフが優しく思いやりのある人だったので、マリアのことを表沙汰にすることを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心した」と書いてあれば、すっきり読めるのですが、正しい人と書かれているのです。どうでしょうか。一般的には、ヨセフが正しい人であったならば、正義感から、事柄を曖昧にせずに、表沙汰にして、白黒を付けようとしたのでは、ないでしょうか。その様に、もし、ヨセフが、正しさを押し通す人であったならば、すぐに、マリアが身ごもったことを表沙汰にして、自分がひどい目に遭ったと自分の正しさを言い立てたことでしょう。自分だけが、被害者であるように、自分という存在がありながら、マリアに裏切られたと、言い触らして、同情を買おうとしたことでしょう。しかし、ヨセフの「正しさ」とは、愛と慈しみに溢れた正しさでした。この世に溢れている、確かに正しいことは正しいけれども、冷たい人とは、ヨセフは違ったのです。時に、「正しさ」は、人を追い詰め、殺してしまうこともあります。今は、それを言わないでという時に、正しいことを言われますと、逃げ場を失い、崩れてしまうことがあります。愛の無い正しさは、人を救うよりも、人を殺すのです。しかし、ヨセフの正しさは、愛と慈しみのある正しさでした。人を生かす正しさを、ヨセフは持っていたのです。

それで、ヨセフは、マリアを傷付けまいと、ひそかに離縁することを決意したのです。これは、厳密に言えば、律法違反になるかも知れないことでした。もし、本当に、マリアが姦通の罪を犯していたならば、それを見過ごしたことになるからです。しかし、それでもヨセフは、危険を冒してまでも、マリアを救おうとしました。ここに、私は、ヨセフのマリアに対する愛を見るのです。マリアを愛するが故に、ヨセフは、マリアのことを表沙汰にせずに、ひそかに縁を切る決心をしたのです。この決意は、ヨセフにとって、簡単なものでは、なかったことでしょう。マリアのことを愛しているのですから、そのマリアと縁を切ることは、正に、身を切られるような、苦渋の決断だったに違いありません。泣く泣く決意したことだったでしょう。

ところが、ヨセフが、この苦渋の決断を実行しようとした時に、天使が、夢の中に現れて、ヨセフの決断にストップを掛けました。「ダビデの子ヨセフ」とヨセフの名前を呼んだ上で、「恐れず妻マリアを迎え入れなさい」と命じたのです。 クリスマスの出来事は、神の導きに従う者の幸いと決断を促しているのです。マリアは、救い主を迎える心の準備をなし、また、ヨセフも、このマリアを妻として迎え入れる決断をしました。

そして、今日、神様は、私たちが、改めて、御子イエス・キリストを、私たちの救い主として、お迎えするように、促しておられるのです。神は、御子イエス・キリストを救い主として迎え入れる準備の出来た者と共にいて、その歩みを導いてくださるのです。マリアとヨセフが、人生の重大な岐路に立たされた様に、私たちの人生にも、また、いくつもの岐路があります。そこで、私たちは、岐路に立たされる度に、進むべき道を決断するのです。例えば、進学も、就職も、結婚も、また、バプテスマも、それぞれ、私たち自身が決断を求められるものです。知恵を絞り、祈り、また、周囲の人々の助言を聞きながら、最後は、自分自身で決断して、私たちは、一歩前に進もうとします。この人生の岐路における決断は、誰も代わってくれる訳ではありません。誰のせいにすることも無しに、自分で、自分自身の責任で、決断するのです。

皆さんは、「ドイツの良心」と呼ばれている白バラ運動というのをご存知でしょうか。時は、1933年ヒットラー率いるナチスが政権を掌握し、徹底した民族主義の樹立をし、ユダヤ人を迫害していくのです。ヒットラーは、親衛隊や秘密国家警察である「ゲシュタポ」などの組織を駆使して、言論の自由や出版の自由を奪っていくのです。ヒットラーにとって非生産的な者は、すべて絶滅させようとユダヤ人の大量虐殺や、精神障害の人々を「天国行き」と称してガス室で処分していくのです。私も何年か前にドイツに行って、ザクセンハウゼンという強制収容所跡でガス室や処刑場を見学してきました。それは、恐ろしい出来事であったと思いました。誰も恐怖によってヒットラーを批判することが出来ませんでした。まさに暗黒の時代、そんな中にひと筋の光があったのです。それが、この「ドイツの良心」と呼ばれている白バラ運動だったのです。1942年6月から43年の2月までの9ヶ月間、ミュンヘンを中心に、ナチスに反抗するビラが撒かれ、この手作りのビラだけを武器に、勇敢にもヒットラー率いるナチスに抵抗した学生がいたのです。白バラ通信と題された文章は、他の郵便物に混じって知識層の人々の郵便受けに投函されたのです。ナチスへの抵抗、一人一人が自分達に出来る範囲での抵抗を呼びかけるのでした。たとえば、軍用産業で労働しないとか、意図的に能率を遅らせるとか、兵士の衣服の為の寄付に募金しないとか、ナチスの祝典や集会に参加しないなどの消極的反抗です。沈黙を続けるドイツ国民の良心に訴えるという、小さな抵抗を求めたこの白バラ運動の中心人物が、当時24歳の医学生であったハンス・ショル君と妹の21歳のゾフィー・ショル兄弟だったのです。ハンスとゾフィーは、鞄いっぱいにビラをつめて大学の授業で静まり返っている大学の構内で、ビラを廊下や階段や玄関のホールに撒いていました。全てを撒き終わった時に授業が終わり、クラスの扉が一斉に開いたその瞬間、「君たちを逮捕する」という声に呼び止められるのです。ビラを撒いていたのを用務員が見ていて、通報によって駆けつけた秘密警察に逮捕されるのです。騒然とする中、学生達の前で二人は連行されていきました。刑務所で4日間の尋問を受けたとき、全ての責任は、自分達にあると仲間の命を救おうとし、逮捕から4日後の国民法廷により死刑宣告を受け、その日の内に刑は執行されたのです。ギロチンによって、首を切られるのでした。二人の兄弟は、命乞いをすることもなく、わめき散らしたり、騒ぎ立てることもなく、最後まで気高さを失うことなく、刑に臨むのでありました。戦後、警察や看守、ゲシュタポの係官でさえ二人の勇敢さについて多くの証言をするほどでした。こうして、この兄弟は、永遠にドイツの人々の心に白いバラを咲かせるのでありました。ゲシュタポの中にあって心ある取調官が、なんとかこの二人の罪を免れるチャンスを与えようとして、ドイツの名誉などを長々と説明し国家社会主義の意義や、独裁指導者原理を説明した後で、こう二人に尋ねました。「このようなことを全部しっかりと理解していたら、あんな馬鹿な行動はとらなかったですね」。しかし、この質問に妹のゾフィーは、はっきりと「見当違いです。私は、もう一度同じことをします。考えが間違っているのは、私たちではなく、あなたがたです」。 自分がどう答えるかが、生と死を決するという重大な局面に立っても、なお動揺することなく、自らの信念に忠実に生きた若者たちがいたのです。二人は、死刑台の上で、コリント13章の愛の賛歌を朗読した後、「自由万歳」と刑務所に響き渡るほどの大声で叫んだ直後、ギロチンは、二人の首をはねたのです。こうして、白バラは散りました。

しかし、戦後60年経った今もなお、語り継がれているのです。 ヨセフは、夢の中で、天使が告げた言葉を、神の導きと信じて、これに従いました。今の世の中でも聖書の話を本気で友達にしようものなら「そんな夢みたいなこと本気で信じているのか」と非難されてしまうかも知れません。しかし、夢の無い所には、希望も、救いもありません。この際、私たちも大いに、夢を見ようでは、ありませんか。実に、クリスマスの物語は、神が、御子イエス・キリストを救い主として、この世に生まれさせるという壮大な計画を示しています。 かつて、マルチン・ル−サー・キング牧師が「私には夢がある」と語ったように、この世に愛が増し加えられ、人の心が神に開くような夢を見ようでは、ありませんか。そして、神が夢を実現してくださることを信じて、それぞれ与えられている力を、大いに発揮しようでは、ありませんか。心を開いて、御子イエス・キリストを迎え入れる者と共に、神は、この世に夢を実現してくださるのです。夢のある人生を、神は、イエス様によって、私たちに与えてくださるのです。  決断するのは、今日なのです。イエス・キリストを救い主と信じ、生涯を神様の愛の計画のために私たち自身を献げようでは、ありませんか。ハンスとゾフィーは、24歳と21歳でした。何処にでもいるような、仲の良い兄弟でした。その二人は、特別だから神の愛を行えたのではありません。ただ、神様を愛し信じていただけなのです。私たちにも、神様は語ってくださっています。「何も恐れることはない、恐れず迎え入れなさい」と。イエス様を、自分の心にお迎えし、周りの人々に神様の愛を宣べ伝える者へとなりましょう。 



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