第63回 卒業礼拝

2月26日(木)、本校礼拝堂にて第63回卒業礼拝を行いました。
卒業を控えた6年生と全教員が共にこの記念の礼拝を捧げることができました。
この礼拝はもちろん、6年生の生徒が本校でこれまで礼拝を守り続けてこれたことに心から感謝いたします。
礼拝メッセージは、日本基督教団川崎戸手教会 孫 裕久 牧師にお願いをいたしました。
メッセージは「ペトロの涙」というタイトルです。

「ペトロの涙」は人間の弱さであり、不完全さです。
「人は口で告白したり、約束したりします。しかしそのように、生きることはそう容易いものではない。」孫牧師は生徒たちにこう語りかけ、「しかし、自分の矛盾に気付き、それでも苦悩するその姿が人間らしく、その涙にこそ希望がある。」とも話されました。
孫牧師自らの体験をふまえ、ユーモアも交えて聖書の言葉を分かりやすくお話してくださいました。
わたしたち教員自身も考えさせられる内容であるとともに、卒業を控えた生徒一人ひとりがこれからの人生で直面するであろう困難や苦悩に対する励ましのメッセージでもありました。
卒業礼拝のために説教の労をとって下さった孫牧師には心から感謝申し上げます。ありがとうございました。
以下、本ブログではこの卒業礼拝の様子をプログラムに沿ってご紹介いたします。

第63回 卒業礼拝
                                                   
司式 伊藤多香子   奏楽 深野 基

前 奏



招 詞 イザヤ56章1節

     主はこう言われる。
      正義を守り、恵みの業を行え。
     わたしの救いが実現し
     わたしの恵みの業が現れるのは間近い。

     

頌 栄 539(あめつちこぞりて)

主の祈

交読文 詩編23編

     主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない。
     主はわたしを青草の原に休ませ
      憩いの水のほとりに伴い
     魂を生き返らせてくださる。
      主は御名にふさわしく
     わたしを正しい道に導かれる。
        死の陰の谷を行くときも
       わたしは災いを恐れない。
     あなたがわたしと共にいてくださる。
       あなたの鞭、あなたの杖
        それがわたしを力づける。
     わたしを苦しめる者を前にしても
        あなたはわたしに食卓を整えてくださる。
     わたしの頭に香油を注ぎ
        わたしの杯を溢れさせてくださる。
      命のある限り
      恵みと慈しみはいつもわたしを追う。
     主の家にわたしは帰り
      生涯、そこにとどまるであろう。

讃美歌 354(かいぬしわが主よ)



聖 書 マタイによる福音書26章69〜75節

      ペトロは外にいて中庭に座っていた。そこへ一人
     の女中が近寄って来て「あなたもガリラヤのイエス
     と一緒にいた」と言った。ペトロは皆の前でそれを
     打ち消して「何のことを言っているのか、わたしに
     は分からない」と言った。ペトロが門の方に行くと
     ほかの女中が彼に目を留め、居合わせた人々に「こ
     の人はナザレのイエスと一緒にいました」と言った。
     そこで、ペトロは再び「そんな人は知らない」と誓
     って打ち消した。しばらくして、そこにいた人々が
     近寄って来てペトロに言った。「確かに、お前もあ
     の連中の仲間だ。言葉遣いでそれが分かる。」その
     とき、ペトロは呪いの言葉さえ口にしながら「そん
     な人は知らない」と誓い始めた。するとすぐ、鶏が
     鳴いた。ペトロは「鶏が鳴く前に、あなたは三度わ
     たしを知らないと言うだろう」と言われたイエスの
     言葉を思い出した。そして外に出て、激しく泣いた。

祈 祷

説 教 「ペトロの涙」
 
    孫 裕久 牧師 日本基督教団川崎戸手教会 



祈 祷

讃美歌 243(ああ主のひとみ)

頌 栄 541(ちちみこみたまの)

祝 祷




後 奏


◆講師紹介

 孫 裕久(ソン ユウグ)牧師 日本基督教団川崎戸手教会

 神奈川教区 社会委員会 委員長
  横浜YMCA 講師
  農村伝道神学校 講師
  社会福祉法人 青丘社 理事


「ペトロの涙」

 ペトロはイエスのことを知らないと言いました。このペトロというのはイエスの1番弟子であり、のちにキリスト教会の礎を築いた中心人物ですが、こともあろうにイエスのことを知らないと言ったのです。「呪いの言葉さえ口にしながら」というのは「最高の誓いの言葉をもって」という意味を表しており、要するに「最高の誓いの言葉をもってイエスのことを知らない」と言ったのです。
 なぜか。助かりたかったから。死にたくなかったからです。
 もっと端的に述べれば、自分が助かるためにペトロはイエスを見捨てたのです。そしてそのとき鶏が鳴いた。ちょうど鶏の鳴き声を聞いてペトロは激しく泣いた、と今日の物語の最後は結んでいます。イエスを見捨てた罪の意識に苛まれペトロは泣いたんだろうと思うんですが、そこには少し別の事情があったのです。実はこの出来事の前日にこんな事がありました。
『そのときイエスは弟子たちに言われた、「今夜、あなたがたは皆わたしにつまづく。」』『するとペトロが、「たとえみんながあなたにつまずいても、わたしは決してつまずきません」と言った。イエスは言われた。「はっきり言っておく。あなたは今夜、鶏が鳴く前に三度、わたしのことを知らないと言うだろう」ペテロは「たとえ、御一緒に死なねばならなくなっても、あなたのことを知らないなどとは決して申しません」と言った。弟子たちも皆、同じように言った。』(マタイ26:31-35)
ペトロは命に代えてもあなたのことを知らないなどと絶対に言わないと言っています。そう誓っておきながらいざその時、その数時間後、自分の命を救うために知らないと言ってまたその誓いを立てたということです。無様で醜く、卑怯極まりない。ゆえにペトロは激しく泣いたんです。しかし、ただひとつだけ残しえたもの、それは自分の命でした。イエスを見捨てることと引き換えにペトロは自分の命を救ったのであります。

ただ、わたしはだからといってこのペトロのことを断罪することはどうしてもできないのです。人は口で告白したり、約束したりします。しかしそのように、口で告白したり約束したように生きることはそう容易いものではないのです。
 まして聖書は自分を愛するようにあなたの隣人を愛しなさい。と教え、かつわたしたちにそれを要求します。聖書の言う愛するとは、究極的には隣人のために自分をささげるということです。しかし、実際にはそれは無理なんです。
 しかし、無理にあぐらをかいていいとは言えませんけども、無理であることを自覚せずに人を愛するなどと軽々しく口にすることはできないわけであります。
 ペトロの悲劇はイエスが逮捕された時そのあとを追いかけたことにありました。イエスがユダヤ教の指導者たちに捕らえられ時、主立った弟子たちはイエスを見捨ててみんな逃げてしまった。ところがペトロただひとり、イエスの後を追いかけていった。そしてイエスは大祭司邸の屋敷に連れて行かれて、裁判を受けることになりました。ペトロはその後を追いかけて大祭司の屋敷の中までは入り込めなかったけれども、その屋敷の中庭まで行ったんです。ペトロはイエスを見捨てることがやはりできなかった。だから後を追いかけた。さりとてイエスと最期まで行動を共にすることまではできなかった。それは自分の死を意味するからであります。イエスを見捨てて完全に逃げることもできず、さりとてイエスと共に十字架にかかるほどの信仰も勇気もない、そんなペトロにできることはせいぜい大祭司邸の中庭に入り様子をうかがうというところまででありました。しかし、実はそこが一番危険なゾーンなのであります。なぜならそこは「お前はイエスの仲間だろ」と人から問われるところだからであります。
 それはペトロの中途半端な態度に問題がありました。彼の内心は、自分は逃げてはいない、見捨てなかった、一緒に死ぬ覚悟まではなかったが、ただ見捨てることはできなかったというその一点で、イエスのためと言うよりは一番弟子のプライド、意地みたいなものでイエスの後を追いかけたのであります。しかし、追いかけたのだけれども追いかけていける所は、大祭司邸の中庭どまりでした。
 聖書というのはキリスト者の書物ではありますが、キリスト者に限らず人間というのはすべからくそういったところがあるものではないか。傷ついた人を前にして、人としての善意がその人に手を差し伸べるのだけれども、どこまでその人と最期まで共にすることができるのか、その覚悟があるのかと問われるのです。
 そんなことを考えると、人は傷んだ人を前にすると「自己責任」という都合のいい言葉を持ち出してそこから立ち去っていくのであります。あえて大祭司邸の中庭に踏み込むところまではいかない、なぜならそこは最も中途半端かつ危険な場所であるからです。イエスを見捨てて立ち去ることもできない、だからといってイエスと共に十字架にかかることもできない、そんな人が立つところそれは大祭司邸の中庭であります。人間はそこに立っている。
 わたしは12年前、その大祭司の中庭に入ってしまいました。そのとき朝鮮学校の先生と保護者が我が家を訪れ、お子さんを朝鮮学校にどうですかと誘われたんです。
 わたしには2人の娘がいるんですけれども、ちょうど上の娘が保育園に入る年齢に達していたんです。わたしが勤めている教会は多摩川の河川敷にあって、そこに在日韓国朝鮮人が大勢住んでいます。そしてその多くの方々は、朝鮮学校を卒業した人たちでその子供たちは現役の朝鮮学校の在校生でした。日頃からそんな人たちと交流がある中で、わたしは当時厳しい環境におかれていた朝鮮学校を支援しようと働き始めたのであります。朝鮮学校の理解を深めようと色々な活動をしました。そんなとき、朝鮮学校に理解のある孫牧師のお子さんを(朝鮮学校の)保育園に入れようと朝鮮学校の先生と保護者が誘いに来たのでした。しかし、自分の娘を朝鮮学校に入学させることなどは考えてもいなかった。自分は朝鮮学校を支援しようとしている傍ら、他人事だったのです。「あと1年ぐらいは保育園に入れるつもりはない」と言って断りました。そこで、自分が言っていることとやっていることの違いに悩み、苦しみました。そして1年後、もう一度誘いがありました。今度は「他の幼稚園に入園させるつもりだ」と言って断りました。朝鮮学校に入れさせたくなかったので嘘をついたんです。頭で考えていることと口で言っていること、やっていることがバラバラな自分の醜さ、卑怯さに悩みこのままでは牧師を続けていけないと考えました。
 そこから2年後、娘が小学校にあがるときにまた誘いが来ました。このとき、家族を説得し、娘を朝鮮学校に入学させました。
 朝鮮学校に寄り添っていこう、支援していこうとしながら、自分の娘を入学させようというとそこで自分の限界とぶち当たって自分の醜さや汚さ、情けなさ、卑怯さに出くわすことになりました。しかし、わたしは思います。人生とは、生きるとは、人間て何なんだろう、と考えさせられるのは、まさに大祭司邸の中庭なんじゃないかと思うんです。それこそが人間らしく、人間が生きる場所ではないかと思うのです。そこで流した涙が明日の希望につながっているのではないかと思うのです。
 みなさんも将来、これから社会に出て色々な人に出会い、共に寄り添い生きようとする中には自分の限界と出会い、友を裏切り自分の醜さに出会いペトロの涙を流すことと思います。けれども、その時にどうぞ失望しないで欲しい。そこでペトロの涙を流すと言うことはいい線いってるんだということなんです。逃げていないんです。さりとて自分のすべてを投げ出すまではいかない、その中途半端な大祭司邸の中庭に足を踏み入れたがゆえにそこで苦しみ、醜い自分と出会い涙する。その積み重ねがわたしは人生と言うものじゃないかと思うのです。そしてその涙に報いてくれるのが神様ではないかと思います。ペトロの涙を流すことに失望するのではなく、その涙にこそ希望があると信じてどうぞ生きていって欲しいと思います。



奉唱「聖なる都」睫斃せ卆萓

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1月27日(火)の中学礼拝、28日(水)の高校礼拝は、睫斃せ卆萓犬諒唱による礼拝でした。
本ブログでは28日(水)の高校礼拝の様子を動画を含めてご紹介いたします。
なお睫斃せ卆萓犬離廛蹈侫ールについては、本ブログの後半に記載してあります。
またパイプオルガン演奏は本校音楽科の深野教諭です。

■聖書 ヨハネの黙示録21章1節〜4節

   わたしはまた、新しい天と新しい地を見た。最初の天と最初の地は去って行き、も
  はや海もなくなった。更にわたしは、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために着
  飾った花嫁のように用意を整えて、神のもとを離れ、天から下って来るのを見た。そ
  のとき、わたしは玉座から語りかける大きな声を聞いた。「見よ、神の幕屋が人の間
  にあって、神が人と共に住み、人は神の民となる。神は自ら人と共にいて、その神と
  なり、彼らの目の涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、もはや悲
  しみも嘆きも労苦もない。最初のものは過ぎ去ったからである。」


■楽曲の紹介(睫斃せ卆萓検
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皆さんと一緒に礼拝の時間をもつことができましたことを感謝します。
本日は「聖なる都」という歌を歌わせていただきます。
この「聖なる都」とは、イスラエルにあるキリスト教の聖地エルサレムのことです。
この曲は3番まであります。
1番は、旧約聖書の預言どおりにイエス様がエルサレムにいらっしゃった場面です。
2番は、私たちの罪のためにイエス様が十字架にかけられ亡くなった場面です。
そして3番はこれから未来に来たる「新しいエルサレム」のことを歌っています。
先ほど読んでいただいた聖書はその「新しいエルサレム」について書いてあります。
そこに描かれる「新しいエルサレム」は、死も、悲しみも、叫びも声も、労苦もない場所と書かれています。
これは私たちが考える平和を大きく超えた神様の愛による平和が実現するところだと私は思います。
曲は、時間の流れや、扱っている内容から、とてもスケールの大きなドラマチックです。
「新しいエルサレム」が現れるとき、「どうかそれに気づくことができますように」と、
いつも心の目を開いておきたいと思います。
この曲のなかでは「ホザンナ」という言葉が何度かでてきます。
この「ホザンナ」の意味は「今すぐ、救い給え」という意味です。
さまざまな場面で、さまざまな文脈で出てきます。
ここで歌われる「ホザンナ」とは、私に対してなのか、イエス様に対してなのか、それとも世の中に対してなのか。
いろいろな見方ができると思います。
皆さんぜひ、そのことを考えながら聴いてください。




■睫斃せ卆萓献廛蹈侫ール
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 睫斃せ辧淵愁廛薀痢
  東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。二期会オペラ研修所修了。
  オペラアンサンブル、宗教曲、芝居など様々な舞台に出演。
  さいたまシティオペラ『ヘンゼルとグレーテル』グレーテル役で出演し好評を得る。
  さいたまシティオペラ会員、二期会準会員、東京ミュージックアーツ会員、三輝会会員。

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礼拝終了後、生徒たちからは。睫斃せ卆萓犬糧しいソプラノの奉唱に感謝の拍手が贈られました。
今年度、睫收萓犬蓮◆受難週を迎えての礼拝」「クリスマスツリー点灯式」でも奉唱をしていただきました。
睫收萓犬領蘿劼里簡仕に改めて御礼を申し上げます。
ありがとうございました。


クリスマス賛美礼拝での献金のご報告

昨年12月13日(土)に行われたクリスマス賛美礼拝には、在校生の保護者の皆様をはじめ、近隣の皆様など多くの方々にお越しいただきました。礼拝の様子については、こちらのブログをご覧ください。

礼拝当日、皆様にはクリスマス献金にご協力いただきました。
皆様からお寄せいただいた献金は114,784円でした。感謝とともにご報告いたします。



この献金は、以下の31ヶ所の団体・施設に送らせていただきます。
1.日本基督教団東北区被災者支援センター・エマオ
2.横浜訓盲院
3.恵和学園
4.日本キリスト教海外医療協力会
5.横浜いのちの電話
6.信愛塾
7.衣笠ホーム
8.日本キリスト教団神奈川教区寿地区活動委員会
9.アジアキリスト教教育基金
10.日本バプテスト連盟国際ミッションボランティア・佐々木さんを支援する会
11.日本バプテスト神学校
12.止楊学園
13.日本基督教団京都地区バザールカフェ
14.日本キリスト教協議会教育部
15.日本キリスト教奉仕団
16.大阪水上隣保館
17.アジア学院
18.幸保愛児園
19.チャイルド・ファンド・ジャパン
20.共生庵
21.シャローム(地域支援センター)
22.日本バプテスト海外伝道協会
23.聖坂養護学校
24.日本盲人キリスト教伝道協議会
25.全国キリスト教学校人権教育研究協議会
26.キリスト教ミード社会館
27.シャローム(特別養護老人ホーム)
28.広島救援基金
29.光の子どもの家
30.PHD協会
31.日本聾話学校


クリスマス礼拝

20日(土)、本校ではクリスマス礼拝・終業式を行いました。今年度も「クリスマス礼拝」を守ることで終業式とする形で執り行われました。本ブログでは、中学のクリスマス礼拝の様子を中心にお伝えします。


この日のために結成された聖歌隊がキャンドルを持って入場したり、有志の生徒たちによるトーンチャイムの演奏があったりと、普段の礼拝とはかなり異なる雰囲気で行われました。


礼拝の中盤では、生徒たちによる聖誕劇(ページェント)が行われました。聖書の物語を通して、イエス・キリストの誕生を演じます。この日の本番に向けて何度も練習を重ねてきました。この聖誕劇は第一場から第五場で構成されています。
 第一場 イエス・キリスト誕生の予告
 第二場 イエス・キリストの誕生
 第三場 占星術の学者たち
 第四場 羊飼いたちへの福音
 第五場 はじめてのクリスマス



聖誕劇が終わると、吹奏楽部による「カンタベリー・コラール」の演奏とともに、キャンドルを持った生徒たちがゆっくりと入場してきます。歩調を合わせてステージまで行き、十字架体型のキャンドルライトが完成します。


高校の礼拝では、吹奏楽部の生徒による前奏から礼拝がはじまりました。
「久しく待ちにし」


また、中学の礼拝のような聖誕劇や十字架はありませんが、4年生全員によるゴスペルがありました。本校でも授業を担当している塩谷達也先生の指揮のもと、2曲を歌いました。
「This little light of mine」
「Go tell it on the mountain」


説教では「愛の贈り物」(中学)、「Joy to the world!」(高校)と題して、米国改革派教会牧師のキスト岡崎さゆ里先生からメッセージをいただきました。高校の礼拝ではスライドも織り交ぜながら、生徒達にわかりやすくクリスマスの意味をお話いただきました。さらに、讃美歌「もろびとこぞりて」では、キスト岡崎エイブラハム先生のオリジナルの伴奏で賛美しました。


最後に黒畑校長から生徒達へメッセージがありました。

“クリスマスの本当の意味は何か?そのことをしっかりと捉え、素敵なクリスマスを過ごしてください。”

このクリスマス礼拝を通して、クリスマスの本当の意味、喜びとは何であるかを生徒たちは改めて感じ取ることができたのではないでしょうか。
本ブログをご覧のみなさまも、どうぞ素敵なクリスマスをお過ごしください。


クリスマス賛美礼拝

12月13日(土)17:00より、本校礼拝堂にて「クリスマス賛美礼拝」が行われました。今年
で3回目を迎えたこの礼拝は、それまで学校の中だけで行っていたクリスマス礼拝を、保
護者の方や地域の方とともに行おうと始まったものです。今年もたくさんの方にお集まり
いただくことができました。

第一部 次第
前奏   吹奏楽部金管四重奏
招詞   イザヤ書9章5〜6節です。
讃美歌  109「きよしこのよる」
聖書朗読 ルカによる福音書2章1〜7節
祈祷
説教   「場所がなかった」 宗教主任 伊藤多香子
祈祷
献金
祈祷
讃美歌  98「あめにはさかえ」
祝祷
後奏

今年の説教は本校宗教主任の伊藤から「場所がなかった」というお話でした。簡単に
まとめました。

「出産直前の不安な気持ちのマリア、生まれる赤ちゃんのたまのふさわしい居場所が用意
できず奔走するヨセフ、そしてイエスは飼い葉桶の中に寝かされたイエス。聖書ではこの
ことを「宿屋には彼らのいる場所がなかった」と表現しています。居場所がないことは存
在を否定されているに等しい辛いことなのです。だから自分の居場所を、学校やクラス、
部活、家族のなかに見い出し主張する、それが確立した個人として生きる証しなのです。
 でも一方で、自分の居場所だけを主張することで、他人の居場所を奪ってしまうことが
ある、ということを忘れてはいけない。居場所を奪うことは、誰かの存在を無視してしま
うこと、自己中心的な生き方につながるのです。それは人を傷つけることを許す社会にな
ります。そうした状況を見過ごさないように注意しなければなりません。
 ヨセフは、自分たちの居場所を探し続け、最後は十分とは言えないけれど、マリアとと
もに自分たちや赤ちゃんの居場所を確保しました。こうして世界で最初のクリスマスが迎
えられ、救い主がこられたのです。イエスはやっと生まれ、多くの人に愛され、そして多
くの人に愛を与え、居場所を与えてくださったのです。
 クリスマスはイエスがうまれたことを祝う日です。でもそれだけではありません。あな
たは愛されている大切な人、居場所が与えられていることを祝う日なのです。愛を伝える
とき、愛を分かち合うときなのです。今日ここで自分に居場所があることを喜びましょう。
そして他の人に居場所がないなと感じたときは手を差し伸べましょう。それがクリスマス
の過ごし方です。」


お話の後は、献金が行われました。この献金は、多くの施設や団体の働きを覚えてささげ
ます。

 日本基督教団東北教区被災者支援センター・エマオ
 横浜訓盲院
 恵和学園
 衣笠ホーム 
 日本キリスト教海外医療協力会
 横浜いのちの電話
 信愛塾
 アジアキリスト教教育基金   
 日本キリスト教団神奈川教区寿地区活動委員会
 日本バプテスト神学校
 止楊学園  
 日本基督教団京都教区バザールカフェ
 日本キリスト教協議会教育部
 日本キリスト教奉仕団  
 大阪水上隣保館
 アジア学院
 幸保愛児園
 チャイルド・ファンド・ジャパン
 共生庵
 シャローム
 日本バプテスト海外伝道協会
 聖坂養護学校
 日本盲人キリスト教伝道協議会  
 全国キリスト教学校人権教育研究協議会
 日本聾話学校
 光の子どもの家
 PHD協会  
 キリスト教ミード社会館
 地域支援シャローム  
 日本バプテスト連盟国際ミッションボランティア・佐々木さんを支援する会  


第二部は恒例となったゴスペルクワイヤのステージです。


今年も国友よしひろ先生がディレクターをつとめてくださいました。国友先生は本校だけ
でなく様々学校で講師をつとめるかたわら、ゴスペルクワイヤーを結成し指導されていま
す。今回も本校で保護者・生徒を募り、「関東学院六浦ゴスペルクワイヤー」を作り、練
習を重ねてきました。今回のステージは国友先生の軽妙な語りと、ゴスペルクワイヤーと
プロバンドのコラボレーションで進んでいきました。曲目は以下の通りです。

「God Great God」
「May the Lord God Bless You」
「The Night that Christ was Born」
「I Love the Lord He Heard My Cry: Amen」
「Oh Happy Day」

ディレクターとクワイヤーの掛け合い、ゴスペルならではの迫力ある歌声、国友先生の解説
により歌詞の意味を味わいながら聴くしっとりとした曲など、魅力あふれるステージでした。
最後の「Oh Happy Day」では、観客とステージが一体となり、会場がまさしく幸せを分かち
合いました。





そして最後は本校吹奏楽部とゴスペルクワイヤー、プロバンドとのコラボレーション
「Joyful,Joyful」です。観客の皆さんにもお立ちいただき、ステージのクワイヤー、客席
後方2階の吹奏楽部とが次々と移り変わる演奏に合わせて体の向きを変えて楽しんでいまし
た。他では体験することのできない価値あるステージになりました。



あっという間の2時間、最後は黒畑校長からご挨拶いただきました。

「素晴らしい演奏をありがとうございました。皆様、クリスマス、おめでとうございます。
 人類は、人というのは、本当に悲しいものです。
 はるか昔、2000年以上も前に私たちにイエスが与えられ、毎年、全世界で、『イエスの
誕生を祝う』機会が、…言い換えれば、『イエスが与えられた意味を思う』機会が与えら
れて来たにもかかわらず、互いに愛することの難しさに、いつも人々が直面して来ている
のは本当に悲しいことです。地球のある地域では戦争があり、そして、飢えに苦しむ人が
いる。私たちの日常にも、小さくも、大きくも、争いやもめ事があります。
 このように、あらためてイエス・キリストの誕生とその意味を思い起こす時がなければ、
人類は当の昔に滅んでいた、と私はクリスマスに思います。
 今日のゴスペルの3曲目 “The night that Christ was born” の3節にありました、

 Oh, such a wonderful Savior / To be born in a manger / So that I can share in
His favor / And my heart be made anew…

 まさにこの日の思い、わたしたちが新しくつくりかえられる、このことを知らせる讃美
の素晴らしい演奏でした。今日、今宵、こうして素晴らしい讃美礼拝を守れましたこと、
あらためて感謝したいと思います。
 國友先生、木島さん、高谷さん、佐藤さん、素晴らしい演奏をありがとうございました。
ゴスペル・クワイヤーの皆様、素晴らしいハーモニーをありがとうございました。吹奏楽部
の皆さん、テストの最終日の今日に備え、ありがとうございました。そして、本日、お寒い
中、私たちとともに讃美礼拝に集っていただきました市民の皆様に、心より感謝を申し上げ
ます。
 あらためてイエスの誕生の意味を思い、皆様とともにお祈りし、御礼の言葉に代えさせて
いただきます。ありがとうございました。主による平安と、この時を、感謝しましょう。」


毎年、少しずつ形を変えながら回を重ねてきた「クリスマス讃美礼拝」
今年の一体感はこれまで以上のものを感じさせてくれました。本校の年末の風物詩ともいえ
る行事になってきたのではないでしょうか。校内で行うページェントを中心とした厳かな
クリスマス礼拝も素晴らしいですが、一般の方も交えて楽しく過ごすこの讃美礼拝も、大切
に育てていきたいと思います。
ご来場いただいた皆様、本当にありがとうございました。


クリスマス点灯式

雨天により延期となった点灯式ですが、無事昨日28日(金)に執り行うことができました。




今年から点灯場所を変えて、侍従川沿いの桜の木8本を点灯し、点灯式も大学バス停敷地で行われました。
道路沿いに面しているので、本校の中学生、高校生だけでなく、六浦子ども園や大学関係者、地域の方にも来て
頂き、多くの方とともにクリスマスの訪れを礼拝という形で祝うことができました。

吹奏楽部の前奏に始まり、賛美歌103番「まきびとひつじを」をともに賛美しました。
そして特別出演として、昨年度本校でも教鞭をとられていた睫斃せ卆萓犬砲越し頂き、
クリスマスキャロルメドレーの奉唱をして頂きました。美しい歌声によって歌われる賛美歌に
皆心奪われるように耳を傾けました。

説教は本校宗教主任伊藤先生によって語られました。
イエス・キリストの予期せぬ誕生に戸惑いを覚えたヨセフとマリヤの夫婦の話から、私たちの人生は
スピードも計画も自分たちの思い通りに行かないことがほとんどであるけれども、「インマヌエル
(主が共におられる)」とあるように、決して一人ではなく神によって守られていることを語って頂き
ました。

説教のあとにいよいよ点灯です。オレンジ色の温かい光が侍従川を優しく照らします。
光を見ながら最後に賛美歌106番「あらののはてに」を賛美しました。



準備にあたった軽音楽部の皆さん、伴奏を担当した吹奏楽部の皆さん、また式全体の進行を担当した宗教
委員やYMCAの生徒の皆さんには心から感謝いたします。
いよいよクリスマスの到来です。本校もこれからクリスマス礼拝に向けて準備が始まります。今年も生徒、
教職員皆でこのクリスマスのときを祝える喜びに感謝して準備を進めたいと思います。


収穫感謝礼拝

11月13日(木)、中学の「収穫感謝礼拝」を守りました。

本校では秋の豊かな収穫の恵みを覚え、その恵みを神に感謝する収穫感謝礼拝を毎年行なって
います。この礼拝は17世紀のアメリカ開拓時代のキリスト教徒たちが、収穫した農作物を神
に献げる礼拝を守ってきたことに由来するものです。また本校では、生徒たちのご家庭から、
果物、お米等の献品をお願いし、近隣の福祉施設に持参しています。

今年は、講師として山田和人牧師(日本基督教団野比教会)をお招きして、礼拝のメッセージ
をいただきました。

<讃美歌>曲圍隠牽検屬みのたまものと」

<聖書>「マタイによる福音書」25章31節〜40節


<メッセージ要旨>

「もてなしの心」
 今から50年以上も前、海外旅行に行くことも、外国人が日本に旅行に来ることも珍しかっ
たころ、一人の留学生が農業を学ぶためにパプア・ニューギニアからやって来ました。祖父は
ある部族の酋長で、黒い肌をしていたそうです。
 研修施設の寮に入ったその学生に、当初積極的に声を掛けてくれる人はいませんでした。外
国人に接することなどなかった他の学生にしてみれば、どうやって話しかけたら良いのだろう
という戸惑いがあったのだと思います。
 ところが、ある日の夕食時、食堂の片隅でポツンと一人で食事をしていたその学生に、ある
女子学生がやかんから一杯のお茶を注ぎ、「お茶をどうぞ」と言って差し出してくれました。
それまで留学生の心にあったさみしさが、たった一杯のお茶のもてなし(hospitality)によっ
て、親しみ、やがて友情へと変わっていきました。
 研修を終え、自国で農業の指導者となったその学生は数年後に再来日し、田舎の小さな教会
で働いていた牧師夫妻を訪ね、再会を喜びました。結婚し牧師の妻となり、二人の男の子の母と
なっていた女子学生に、あの時のお礼がしたいと思っていたからです。彼は乳母車を買ってあげ
ました。また、3才の子を抱き上げ、「この子をオーストラリアに留学させる。費用もすべて
出して迎えたい。」と言っていたそうです。彼自身が体験した留学の素晴らしさを、この子にも
体験させたいと思っていたのでしょう。
 しばらく手紙のやり取りが続いたものの、しばらくして音信不通となりました。ある日届いた
報せで、彼が若くして病死したことを知りました。
 実はその3才の子は「私」です。話した覚えもないのに、何だか寂しい気持ちになりました。
 一杯のお茶のもてなしは、文化や環境の違いを超えて大きな友情を育んだのです。小さな1つ
の「もてなしの心」がどれだけ大きな実りになるのかということを紹介したくて、この話をさせ
ていただきました。


山田先生の優しい語り口と相まって、とても心に染み入る話でした。本校では先日六浦祭が終わ
り、今週末から1年生による施設訪問が始まります。どちらもhospitalityが求められるものです。
生徒にとって「もてなしの心」について考えるとてもよい機会になったと思います。


クリスマス礼拝 スタッフ募集中!



現在、今年度の中高クリスマス礼拝のスタッフを募集しています。
一人でも多くの参加を待っています!!


クリスマス礼拝
 中学:12月20日(土) 9:30〜
 高校:12月20日(土)13:15〜
 場所:本校礼拝堂
 
<募集のパート>
燭火(中・高、各2名) 礼拝の最初にろうそくに点火する係です。
ページェント(1〜3年生、20名) イエス・キリストの降誕劇です。
配役:マリア、ヨセフ、天使、占星術の学者、羊飼いなど
十字架行進(1年生17名) 礼拝の終盤に、長い棒の先についたライトを持って登場し、十字架を造り上げます
朗読(中・高、各2名) 礼拝の進行と聖書朗読の役割です。男女1名ずつ。
トーンチャイム(全学年15名) 美しい音色を奏でるトーンチャイムの演奏です。
初心者も歓迎。
聖歌隊(全学年、定員なし) クリスマス礼拝で歌うための募集です。
総務ヘルパー(全学年10名) クリスマス礼拝全般の準備、進行のお手伝いをする役割です。
大道具(3年生〜6年生10名) クリスマス礼拝で使う大道具の修理や制作の仕事です。

希望者は、11月10日(月)までに担任の先生または宗教主任まで申し出て下さい。
なお、11月12日(水)放課後に礼拝堂で役割分担を行いますので、スタッフ希望者は必ず参加して下さい。







昨年度の中高クリスマス礼拝の報告はこちら
クリスマス礼拝
クリスマス礼拝の裏側


宗教改革記念礼拝

10月23日(木)、中学生の朝の礼拝は「宗教改革記念礼拝」として執り行われました。
藤沢バプテスト教会の坂元幸子牧師をお迎えして、お話をいただきました。


この日の讃美歌は267番です。これはルターが作った「神はわがやぐら」と呼ばれる讃美
歌で、「宗教改革の戦いの讃美歌」として歌い継がれています。

聖書は「コリントの信徒への手紙 二」第五章17節です。
「だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは
過ぎ去り、新しいものが生じた。」


坂元先生は次のような中学生にもわかりやすいお話で、ルターの宗教改革の意味を説明し
てくださいました。

 16世紀、罪が軽減されるとして教会が販売していた証明証「贖宥状(しょくゆうじょう)」
を、「お金を払えば罪が許される制度」であり「堕落だ」として、マルティン・ルターが
批判したことがきっかけとなって宗教改革が行われました。ルターは、ラテン語で書かれ
た聖書は一般の人々にはわからないため、ドイツ語に訳しました。神の言葉を多くの人に
伝えるため訳されたドイツ語訳は、今でもドイツの人に親しまれるのと同時に、他の言語
に訳される際の手本とされています。「聖書はイエス・キリストを寝かせた藁の布団で
ある。」聖書を読むことはイエス・キリストと出会うことに他ならないことなのです。
 また、ルターは「パウロの手紙」を研究しました。パウロははじめサウロといい、キリ
スト教を迫害していました。ユダヤ教を信仰していたサウロは、聖書を律法として読み、
これをがんばって守らなければ神に愛されないと考えていました。キリスト教を迫害して
いたある日、突然天が光り、「サウロ、どうして私を迫害するのか」というイエスの声を
聞くのです。サウロはイエスに愛されていることを知り、キリスト教への迫害をやめ、
キリストの使徒になります。そして名前をパウロに改めるのです。
 頑張ってもうまくいかない、頑張るほど失望する。私達もそんなことがよくあります。
でも、イエス・キリストはありのままのあなたを愛し、罪をゆるしてくださいます。その
ためにご自身をお捨てになったのです。
 ルターは新しい教会(プロテスタント教会の始まりです)で、聖書の言葉を多くの人に開い
ていくのです。

キリスト教への信仰ということばかりでなく、私たちの生き方にも示唆を与えてくださる
お話だったと思います。坂元先生、ありがとうございました。


創立記念礼拝

  10月1日(水)に高校生、10月2日(木)に中学生に向け、創立記念礼拝が守られました。
黙祷から始まり、讃美歌66番をともに讃美し、聖書に耳を傾けました。
聖書箇所−新約聖書「ヨハネによる福音書」17章9節−10節
「彼らのためにお願いします。世のためではなく、わたしに与えてくださった人々のためにお願いします。
彼らはあなたのものだからです。わたしのものはすべてあなたのもの、あなたのものはわたしのものです。
わたしは彼らによって栄光を受けました。」


 礼拝講師には、関東学院大学の宗教主任である安井聖先生をお招きし、「神のものとされる喜び」と題し、説教をしていただきました。説教の中で、わたしたちが陥ってしまう、「誰でもなく自分自身自分を受け入れられないことの苦しみ」について話してくださり、自分自身をも受け入れられないようなわたしたちのために、神様が自分の命を捧げてでも知ってもらいたいことー神様がわたしたちを愛してくださるということーを熱く語っていただきました。 安井先生の熱いメッセージを通し、キリストの愛に基づいた教育を展開すべく、関東学院の創立に携わったすべての方々の思いを今一度思い起こすひと時となったことと思います。
以下の文は礼拝メッセージです。

「彼らはあなたのものだからです」(ヨハネによる福音書第179節)。これはわたしたちのために神さまに向かって祈られた、イエスさまの言葉です。つまりこう言っておられるのです。「関東学院六浦中高のみんなは、神さまのものです」。イエスさまはわたしたちの自由を奪おうとして、そう言っておられるのではありません。聖書の他の箇所には、次のような神さまの語りかけがあります。「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」(イザヤ書第434節、新改訳)。誰でもいい、というわけではありません。神さまは言われます。あなたでなければならないんだ。あなたこそ、わたしにとって特別な存在なんだ。わたしの宝物なんだ。

 生きていると、自分に自信がなくなり、自分が嫌いになってしまうがあります。でも神さまはいつだって励ましておられます。「どんなことがあっても、あなたはわたしのものだ」。ここにこそ生きる勇気と希望の源があります。


  



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