クリスマス賛美礼拝

12月13日(土)17:00より、本校礼拝堂にて「クリスマス賛美礼拝」が行われました。今年
で3回目を迎えたこの礼拝は、それまで学校の中だけで行っていたクリスマス礼拝を、保
護者の方や地域の方とともに行おうと始まったものです。今年もたくさんの方にお集まり
いただくことができました。

第一部 次第
前奏   吹奏楽部金管四重奏
招詞   イザヤ書9章5〜6節です。
讃美歌  109「きよしこのよる」
聖書朗読 ルカによる福音書2章1〜7節
祈祷
説教   「場所がなかった」 宗教主任 伊藤多香子
祈祷
献金
祈祷
讃美歌  98「あめにはさかえ」
祝祷
後奏

今年の説教は本校宗教主任の伊藤から「場所がなかった」というお話でした。簡単に
まとめました。

「出産直前の不安な気持ちのマリア、生まれる赤ちゃんのたまのふさわしい居場所が用意
できず奔走するヨセフ、そしてイエスは飼い葉桶の中に寝かされたイエス。聖書ではこの
ことを「宿屋には彼らのいる場所がなかった」と表現しています。居場所がないことは存
在を否定されているに等しい辛いことなのです。だから自分の居場所を、学校やクラス、
部活、家族のなかに見い出し主張する、それが確立した個人として生きる証しなのです。
 でも一方で、自分の居場所だけを主張することで、他人の居場所を奪ってしまうことが
ある、ということを忘れてはいけない。居場所を奪うことは、誰かの存在を無視してしま
うこと、自己中心的な生き方につながるのです。それは人を傷つけることを許す社会にな
ります。そうした状況を見過ごさないように注意しなければなりません。
 ヨセフは、自分たちの居場所を探し続け、最後は十分とは言えないけれど、マリアとと
もに自分たちや赤ちゃんの居場所を確保しました。こうして世界で最初のクリスマスが迎
えられ、救い主がこられたのです。イエスはやっと生まれ、多くの人に愛され、そして多
くの人に愛を与え、居場所を与えてくださったのです。
 クリスマスはイエスがうまれたことを祝う日です。でもそれだけではありません。あな
たは愛されている大切な人、居場所が与えられていることを祝う日なのです。愛を伝える
とき、愛を分かち合うときなのです。今日ここで自分に居場所があることを喜びましょう。
そして他の人に居場所がないなと感じたときは手を差し伸べましょう。それがクリスマス
の過ごし方です。」


お話の後は、献金が行われました。この献金は、多くの施設や団体の働きを覚えてささげ
ます。

 日本基督教団東北教区被災者支援センター・エマオ
 横浜訓盲院
 恵和学園
 衣笠ホーム 
 日本キリスト教海外医療協力会
 横浜いのちの電話
 信愛塾
 アジアキリスト教教育基金   
 日本キリスト教団神奈川教区寿地区活動委員会
 日本バプテスト神学校
 止楊学園  
 日本基督教団京都教区バザールカフェ
 日本キリスト教協議会教育部
 日本キリスト教奉仕団  
 大阪水上隣保館
 アジア学院
 幸保愛児園
 チャイルド・ファンド・ジャパン
 共生庵
 シャローム
 日本バプテスト海外伝道協会
 聖坂養護学校
 日本盲人キリスト教伝道協議会  
 全国キリスト教学校人権教育研究協議会
 日本聾話学校
 光の子どもの家
 PHD協会  
 キリスト教ミード社会館
 地域支援シャローム  
 日本バプテスト連盟国際ミッションボランティア・佐々木さんを支援する会  


第二部は恒例となったゴスペルクワイヤのステージです。


今年も国友よしひろ先生がディレクターをつとめてくださいました。国友先生は本校だけ
でなく様々学校で講師をつとめるかたわら、ゴスペルクワイヤーを結成し指導されていま
す。今回も本校で保護者・生徒を募り、「関東学院六浦ゴスペルクワイヤー」を作り、練
習を重ねてきました。今回のステージは国友先生の軽妙な語りと、ゴスペルクワイヤーと
プロバンドのコラボレーションで進んでいきました。曲目は以下の通りです。

「God Great God」
「May the Lord God Bless You」
「The Night that Christ was Born」
「I Love the Lord He Heard My Cry: Amen」
「Oh Happy Day」

ディレクターとクワイヤーの掛け合い、ゴスペルならではの迫力ある歌声、国友先生の解説
により歌詞の意味を味わいながら聴くしっとりとした曲など、魅力あふれるステージでした。
最後の「Oh Happy Day」では、観客とステージが一体となり、会場がまさしく幸せを分かち
合いました。





そして最後は本校吹奏楽部とゴスペルクワイヤー、プロバンドとのコラボレーション
「Joyful,Joyful」です。観客の皆さんにもお立ちいただき、ステージのクワイヤー、客席
後方2階の吹奏楽部とが次々と移り変わる演奏に合わせて体の向きを変えて楽しんでいまし
た。他では体験することのできない価値あるステージになりました。



あっという間の2時間、最後は黒畑校長からご挨拶いただきました。

「素晴らしい演奏をありがとうございました。皆様、クリスマス、おめでとうございます。
 人類は、人というのは、本当に悲しいものです。
 はるか昔、2000年以上も前に私たちにイエスが与えられ、毎年、全世界で、『イエスの
誕生を祝う』機会が、…言い換えれば、『イエスが与えられた意味を思う』機会が与えら
れて来たにもかかわらず、互いに愛することの難しさに、いつも人々が直面して来ている
のは本当に悲しいことです。地球のある地域では戦争があり、そして、飢えに苦しむ人が
いる。私たちの日常にも、小さくも、大きくも、争いやもめ事があります。
 このように、あらためてイエス・キリストの誕生とその意味を思い起こす時がなければ、
人類は当の昔に滅んでいた、と私はクリスマスに思います。
 今日のゴスペルの3曲目 “The night that Christ was born” の3節にありました、

 Oh, such a wonderful Savior / To be born in a manger / So that I can share in
His favor / And my heart be made anew…

 まさにこの日の思い、わたしたちが新しくつくりかえられる、このことを知らせる讃美
の素晴らしい演奏でした。今日、今宵、こうして素晴らしい讃美礼拝を守れましたこと、
あらためて感謝したいと思います。
 國友先生、木島さん、高谷さん、佐藤さん、素晴らしい演奏をありがとうございました。
ゴスペル・クワイヤーの皆様、素晴らしいハーモニーをありがとうございました。吹奏楽部
の皆さん、テストの最終日の今日に備え、ありがとうございました。そして、本日、お寒い
中、私たちとともに讃美礼拝に集っていただきました市民の皆様に、心より感謝を申し上げ
ます。
 あらためてイエスの誕生の意味を思い、皆様とともにお祈りし、御礼の言葉に代えさせて
いただきます。ありがとうございました。主による平安と、この時を、感謝しましょう。」


毎年、少しずつ形を変えながら回を重ねてきた「クリスマス讃美礼拝」
今年の一体感はこれまで以上のものを感じさせてくれました。本校の年末の風物詩ともいえ
る行事になってきたのではないでしょうか。校内で行うページェントを中心とした厳かな
クリスマス礼拝も素晴らしいですが、一般の方も交えて楽しく過ごすこの讃美礼拝も、大切
に育てていきたいと思います。
ご来場いただいた皆様、本当にありがとうございました。


クリスマス点灯式

雨天により延期となった点灯式ですが、無事昨日28日(金)に執り行うことができました。




今年から点灯場所を変えて、侍従川沿いの桜の木8本を点灯し、点灯式も大学バス停敷地で行われました。
道路沿いに面しているので、本校の中学生、高校生だけでなく、六浦子ども園や大学関係者、地域の方にも来て
頂き、多くの方とともにクリスマスの訪れを礼拝という形で祝うことができました。

吹奏楽部の前奏に始まり、賛美歌103番「まきびとひつじを」をともに賛美しました。
そして特別出演として、昨年度本校でも教鞭をとられていた睫斃せ卆萓犬砲越し頂き、
クリスマスキャロルメドレーの奉唱をして頂きました。美しい歌声によって歌われる賛美歌に
皆心奪われるように耳を傾けました。

説教は本校宗教主任伊藤先生によって語られました。
イエス・キリストの予期せぬ誕生に戸惑いを覚えたヨセフとマリヤの夫婦の話から、私たちの人生は
スピードも計画も自分たちの思い通りに行かないことがほとんどであるけれども、「インマヌエル
(主が共におられる)」とあるように、決して一人ではなく神によって守られていることを語って頂き
ました。

説教のあとにいよいよ点灯です。オレンジ色の温かい光が侍従川を優しく照らします。
光を見ながら最後に賛美歌106番「あらののはてに」を賛美しました。



準備にあたった軽音楽部の皆さん、伴奏を担当した吹奏楽部の皆さん、また式全体の進行を担当した宗教
委員やYMCAの生徒の皆さんには心から感謝いたします。
いよいよクリスマスの到来です。本校もこれからクリスマス礼拝に向けて準備が始まります。今年も生徒、
教職員皆でこのクリスマスのときを祝える喜びに感謝して準備を進めたいと思います。


収穫感謝礼拝

11月13日(木)、中学の「収穫感謝礼拝」を守りました。

本校では秋の豊かな収穫の恵みを覚え、その恵みを神に感謝する収穫感謝礼拝を毎年行なって
います。この礼拝は17世紀のアメリカ開拓時代のキリスト教徒たちが、収穫した農作物を神
に献げる礼拝を守ってきたことに由来するものです。また本校では、生徒たちのご家庭から、
果物、お米等の献品をお願いし、近隣の福祉施設に持参しています。

今年は、講師として山田和人牧師(日本基督教団野比教会)をお招きして、礼拝のメッセージ
をいただきました。

<讃美歌>曲圍隠牽検屬みのたまものと」

<聖書>「マタイによる福音書」25章31節〜40節


<メッセージ要旨>

「もてなしの心」
 今から50年以上も前、海外旅行に行くことも、外国人が日本に旅行に来ることも珍しかっ
たころ、一人の留学生が農業を学ぶためにパプア・ニューギニアからやって来ました。祖父は
ある部族の酋長で、黒い肌をしていたそうです。
 研修施設の寮に入ったその学生に、当初積極的に声を掛けてくれる人はいませんでした。外
国人に接することなどなかった他の学生にしてみれば、どうやって話しかけたら良いのだろう
という戸惑いがあったのだと思います。
 ところが、ある日の夕食時、食堂の片隅でポツンと一人で食事をしていたその学生に、ある
女子学生がやかんから一杯のお茶を注ぎ、「お茶をどうぞ」と言って差し出してくれました。
それまで留学生の心にあったさみしさが、たった一杯のお茶のもてなし(hospitality)によっ
て、親しみ、やがて友情へと変わっていきました。
 研修を終え、自国で農業の指導者となったその学生は数年後に再来日し、田舎の小さな教会
で働いていた牧師夫妻を訪ね、再会を喜びました。結婚し牧師の妻となり、二人の男の子の母と
なっていた女子学生に、あの時のお礼がしたいと思っていたからです。彼は乳母車を買ってあげ
ました。また、3才の子を抱き上げ、「この子をオーストラリアに留学させる。費用もすべて
出して迎えたい。」と言っていたそうです。彼自身が体験した留学の素晴らしさを、この子にも
体験させたいと思っていたのでしょう。
 しばらく手紙のやり取りが続いたものの、しばらくして音信不通となりました。ある日届いた
報せで、彼が若くして病死したことを知りました。
 実はその3才の子は「私」です。話した覚えもないのに、何だか寂しい気持ちになりました。
 一杯のお茶のもてなしは、文化や環境の違いを超えて大きな友情を育んだのです。小さな1つ
の「もてなしの心」がどれだけ大きな実りになるのかということを紹介したくて、この話をさせ
ていただきました。


山田先生の優しい語り口と相まって、とても心に染み入る話でした。本校では先日六浦祭が終わ
り、今週末から1年生による施設訪問が始まります。どちらもhospitalityが求められるものです。
生徒にとって「もてなしの心」について考えるとてもよい機会になったと思います。


クリスマス礼拝 スタッフ募集中!



現在、今年度の中高クリスマス礼拝のスタッフを募集しています。
一人でも多くの参加を待っています!!


クリスマス礼拝
 中学:12月20日(土) 9:30〜
 高校:12月20日(土)13:15〜
 場所:本校礼拝堂
 
<募集のパート>
燭火(中・高、各2名) 礼拝の最初にろうそくに点火する係です。
ページェント(1〜3年生、20名) イエス・キリストの降誕劇です。
配役:マリア、ヨセフ、天使、占星術の学者、羊飼いなど
十字架行進(1年生17名) 礼拝の終盤に、長い棒の先についたライトを持って登場し、十字架を造り上げます
朗読(中・高、各2名) 礼拝の進行と聖書朗読の役割です。男女1名ずつ。
トーンチャイム(全学年15名) 美しい音色を奏でるトーンチャイムの演奏です。
初心者も歓迎。
聖歌隊(全学年、定員なし) クリスマス礼拝で歌うための募集です。
総務ヘルパー(全学年10名) クリスマス礼拝全般の準備、進行のお手伝いをする役割です。
大道具(3年生〜6年生10名) クリスマス礼拝で使う大道具の修理や制作の仕事です。

希望者は、11月10日(月)までに担任の先生または宗教主任まで申し出て下さい。
なお、11月12日(水)放課後に礼拝堂で役割分担を行いますので、スタッフ希望者は必ず参加して下さい。







昨年度の中高クリスマス礼拝の報告はこちら
クリスマス礼拝
クリスマス礼拝の裏側


宗教改革記念礼拝

10月23日(木)、中学生の朝の礼拝は「宗教改革記念礼拝」として執り行われました。
藤沢バプテスト教会の坂元幸子牧師をお迎えして、お話をいただきました。


この日の讃美歌は267番です。これはルターが作った「神はわがやぐら」と呼ばれる讃美
歌で、「宗教改革の戦いの讃美歌」として歌い継がれています。

聖書は「コリントの信徒への手紙 二」第五章17節です。
「だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは
過ぎ去り、新しいものが生じた。」


坂元先生は次のような中学生にもわかりやすいお話で、ルターの宗教改革の意味を説明し
てくださいました。

 16世紀、罪が軽減されるとして教会が販売していた証明証「贖宥状(しょくゆうじょう)」
を、「お金を払えば罪が許される制度」であり「堕落だ」として、マルティン・ルターが
批判したことがきっかけとなって宗教改革が行われました。ルターは、ラテン語で書かれ
た聖書は一般の人々にはわからないため、ドイツ語に訳しました。神の言葉を多くの人に
伝えるため訳されたドイツ語訳は、今でもドイツの人に親しまれるのと同時に、他の言語
に訳される際の手本とされています。「聖書はイエス・キリストを寝かせた藁の布団で
ある。」聖書を読むことはイエス・キリストと出会うことに他ならないことなのです。
 また、ルターは「パウロの手紙」を研究しました。パウロははじめサウロといい、キリ
スト教を迫害していました。ユダヤ教を信仰していたサウロは、聖書を律法として読み、
これをがんばって守らなければ神に愛されないと考えていました。キリスト教を迫害して
いたある日、突然天が光り、「サウロ、どうして私を迫害するのか」というイエスの声を
聞くのです。サウロはイエスに愛されていることを知り、キリスト教への迫害をやめ、
キリストの使徒になります。そして名前をパウロに改めるのです。
 頑張ってもうまくいかない、頑張るほど失望する。私達もそんなことがよくあります。
でも、イエス・キリストはありのままのあなたを愛し、罪をゆるしてくださいます。その
ためにご自身をお捨てになったのです。
 ルターは新しい教会(プロテスタント教会の始まりです)で、聖書の言葉を多くの人に開い
ていくのです。

キリスト教への信仰ということばかりでなく、私たちの生き方にも示唆を与えてくださる
お話だったと思います。坂元先生、ありがとうございました。


創立記念礼拝

  10月1日(水)に高校生、10月2日(木)に中学生に向け、創立記念礼拝が守られました。
黙祷から始まり、讃美歌66番をともに讃美し、聖書に耳を傾けました。
聖書箇所−新約聖書「ヨハネによる福音書」17章9節−10節
「彼らのためにお願いします。世のためではなく、わたしに与えてくださった人々のためにお願いします。
彼らはあなたのものだからです。わたしのものはすべてあなたのもの、あなたのものはわたしのものです。
わたしは彼らによって栄光を受けました。」


 礼拝講師には、関東学院大学の宗教主任である安井聖先生をお招きし、「神のものとされる喜び」と題し、説教をしていただきました。説教の中で、わたしたちが陥ってしまう、「誰でもなく自分自身自分を受け入れられないことの苦しみ」について話してくださり、自分自身をも受け入れられないようなわたしたちのために、神様が自分の命を捧げてでも知ってもらいたいことー神様がわたしたちを愛してくださるということーを熱く語っていただきました。 安井先生の熱いメッセージを通し、キリストの愛に基づいた教育を展開すべく、関東学院の創立に携わったすべての方々の思いを今一度思い起こすひと時となったことと思います。
以下の文は礼拝メッセージです。

「彼らはあなたのものだからです」(ヨハネによる福音書第179節)。これはわたしたちのために神さまに向かって祈られた、イエスさまの言葉です。つまりこう言っておられるのです。「関東学院六浦中高のみんなは、神さまのものです」。イエスさまはわたしたちの自由を奪おうとして、そう言っておられるのではありません。聖書の他の箇所には、次のような神さまの語りかけがあります。「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」(イザヤ書第434節、新改訳)。誰でもいい、というわけではありません。神さまは言われます。あなたでなければならないんだ。あなたこそ、わたしにとって特別な存在なんだ。わたしの宝物なんだ。

 生きていると、自分に自信がなくなり、自分が嫌いになってしまうがあります。でも神さまはいつだって励ましておられます。「どんなことがあっても、あなたはわたしのものだ」。ここにこそ生きる勇気と希望の源があります。


  


秋季特別伝道礼拝

9月18日(木)、この日は1限に中学生、2限に高校生が礼拝堂に集い、「秋季特別伝道礼拝」
を行いました。

讃美歌は312番「いつくしみ深き」


聖書朗読は「ヨハネによる福音書」3章16節
「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じるものが一人
も滅びないで、永遠の命を得るためである。」


講師は佐藤彰牧師です。佐藤牧師は福島第一聖書バプテスト教会の牧師をされています。
2011年3月11日の東日本大震災で、福島第一原発より5kmのところにあった教会は一時閉鎖
され、教会員や地域の人たちとともに流浪の旅に出たそうです。
今日の説教は「神さまはあなたを愛している」と題し、震災後の経験を元に神さまの愛を
語ってくださいました。そのときの様々な体験、心情を生々しくお話くださり、そこで
感じた神の存在、どん底の状態だからこそ神を信じる人々の思いを説いていただきました。
経験した方でなければ絶対にできない話で、息を呑むように聞いている生徒も多数いました。


お話の要旨は以下の通りです。

 震災の渦の中に突然投げ出され、右往左往する私たちは孤独でした。食べるものも着るもの
もなく、明日は見えませんでした。けれども、どなたかが私たちに寄り添っておられる感覚
がありました。「悲しみの人で病を知っていた」と聖書に記されているイエス様だったので
しょう。「泣く者とともに泣く」ためにこの世界に来られたお方です。
 故郷が消え、職場が倒産し、多くの人が亡くなるという信じがたい情景の中で、何だか
イエス様のお言葉が身近に感じられる不思議も体験しました。何も持っていなかったのに、
2カ月が過ぎ、3カ月が過ぎ、しかし私たちは生きていました。いのちは自分で養うのでなく、
空の鳥を養い、野のゆりを装おわれる神様に養われていることを感じました。
 3日間、何も食べていない教会の人もいました。副牧師は赤ちゃん連れでしたが、毛布も
ありませんでした。5日ぶりに小さな教会にお世話になり、温かいうどんを口にした時には、
皆泣いていました。段ボールに横になっているところから、布団を用意していただいて横に
なり感動しました。小さなことに心震え、今日生きていることを実感し、これほど感謝感激
したことがあったでしょうか。見えるものが崩れ去って、見えない世界が現れたようにも
感じました。この地上はいっときの旅路であり、天の都を目指す道のりであることに気がつき
ました。ですから、本日の聖書のことばは、イエス様が来られたのは永遠の命を与えるため
だったことを、書き記しています。


最後に頌栄512番と祝祷をささげ、盛大な拍手を持って礼拝は終了しました。


宗教主任の伊藤先生から、佐藤牧師が執筆した本が紹介されました。
『くびわをはずしたパピ〜パピの東日本大震災』という絵本、
『流浪の教会』『続 流浪の教会』『翼の教会』という3部作を寄贈していただきました。
いずれも、震災後の流浪の日々を描いた作品です。生徒たちにぜひ手にとってもらいたいです。


今日の佐藤牧師の話しに感銘を受け、一人でも多くの生徒が福島の人々の痛みを理解し、
寄り添う気持ちを持ってもらいたいと思います。


賛美礼拝 〜関西学院大学聖歌隊をお迎えして

9月2日(火)の中学礼拝は、兵庫県西宮市にある関西学院大学の聖歌隊のみなさんにお越し
いただいて賛美をしていただきました。
普段からチャペル奉仕や教会訪問などをして、音楽による奉仕活動をされているそうです。
今回は夏休みを利用した合宿のあと、様々な教会や施設をまわって奉仕されているそうです。


今回の曲目は以下の3曲です。
 「Ride On,King Jesus」
 「Little Innocent Lamb」
 「地に平和を」
最初の2曲はともに「黒人霊歌」と呼ばれるもので、アフリカから奴隷としてアメリカに
連れてこられた黒人から広まったものです。ゴスペルソングはこの黒人霊歌を基調として
います。いずれも黒人たちの自由への強い願望が込められています。
最後の曲はアメリカで大変よく知られた賛美歌で、平和を祈念する式典でも歌われます。
関西学院大学聖歌隊の卒業生の方が訳され、歌い継がれているそうです。


いずれの歌もたいへん美しい歌声でした。事前に「世界の讃美歌の美しさ、明るさを感じて
いただけると嬉しいです。」というメッセージをいただきました。まさに美しい歌の世界に
引き込まれました。
関東地方に住む生徒たちにとってはなじみのない大学ですが、大学でのこうした活動に興味
を引かれ憧れた生徒も多いのではないでしょうか。


2学期の授業が始まる朝、おそらく少し重い足取りで学校に来たことでしょう。でもこの歌
に癒され、ちょっとトゲトゲした気持ちも丸くなって授業に臨めたのではないでしょうか。
関西学院大学聖歌隊の皆様、ありがとうございました。


春季特別伝道礼拝(花の日礼拝)

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6月18日(水)、本校礼拝堂において「春季特別伝道礼拝(花の日礼拝)」を行いました。
講師として小坂忠さんをお招きし、賛美とメッセージをいただきました。
礼拝堂ステージには生徒たちが持ち寄った花が飾られています。
これらの花は礼拝後の施設訪問で各施設に届けられます。
本ブログでは、この日の礼拝(高校生)の様子をご紹介します。

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花の日礼拝(高校生)は1時間目に行いました(中学生は2時間目です)。
黙祷を捧げ、全員で讃美歌第曲圍横業屐屬舛い気覆ごに花をいれ」を賛美しました。
続いて宗教主任による聖書の朗読です。

  わたしの目にあなたは価高く、貴く
  わたしはあなたを愛し
  あなたの身代わりとして人を与え
  国々をあなたの魂の代わりとする。
 (イザヤ書43章4節)

聖書朗読の後、宗教主任によって、本日の講師の先生の紹介がなされました。
(講師の先生のプロフィールは本ブログの後半に記載しています。)
講師の小坂さんが礼拝堂ステージに登壇されます。

小坂さんは、ゴスペルシンガーとして活躍なさっています。
またその活動は、東北大震災の被災地の仮設住宅での継続的な演奏活動にも及んでいます。
演奏回数は120回を重ねています。
被災地を訪れたとき、小坂さんは震災復興の変化がみられないことを感じるそうです。
そこには「希望」や「望み」を失った方々がいて、孤独死も増えている現状があると訴えます。
小坂さんは、そのような方たちを励ましたいという願いから、活動を続けていらっしゃいます。
その励ましは、被災地の仮設住宅だけでなく、ホスピスや少年院でもなさっています。

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1曲目に演奏してくださったのは、有名なゴスペル曲「アメイジング・グレイス」です。
小坂さんは、この曲にまつわるご自身のエピソードをお話ししてくださいました。
それは、あるホスピスでの末期がんの患者さんとの出会いです。
小坂さんはホスピスで、患者さんを前にしたコンサートを行ないました。
そこにはコンサート会場まで移動できない患者さんもいらっしゃいました。
小坂さんのもとには、「病室で歌ってください」との手紙が届けられました。
病室を尋ねたとき、奥様とご子息(高3・高1)がいらっしゃいました。
その方は、がんとの闘いのなか、家族を残して旅立とうとしています。
これから先、自分がどうなっていくのか、家族はどうなっていくのかという不安がその方を襲っていました。
しかし、その方はホスピスに併設する教会の牧師に、次のように言われたそうです。
「イエス・キリストを信じたら、天国に行くことができる。」
この言葉を聞いて、その方は「自分も天国に行きたい」と願い、イエス・キリストを信じるようになったそうです。
抱えていた不安も一瞬で消えたそうです。
その方が歌える讃美歌は、唯一「アメイジング・グレイス」でした。
小坂さんはその病室で、その方と、またご家族とともに「アメイジング・グレイス」を賛美しました。
2週間後、そのホスピスを尋ねたとき、その方はいらっしゃいませんでした。
けれども、その方はその病室での小坂さんとの賛美が人生最高のコンサートだと喜んでいたとのことでした。
またそれは人生で最高の日だったそうです。
小坂さんは、「人生最高の日」を迎えられるということは本当に素晴らしいとお話しなさいました。

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小坂さんは少年院への訪問も重ねていらっしゃいます。
いろいろな悩みを抱えた少年少女たちは、自分たち自身に希望を見出だせないままでいます。
そのような少年少女に伝えたいメッセージがあると、小坂さんは少年院を訪問します。
そのメッセージはイザヤ書43章4節のメッセージです(以下は新改訳)。

  わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。

小坂さんがメッセージを届けるのは、次のような理由があります。
少年院にいる少年少女が、「自分たちは生きている価値がない」と考えてしまうからです。
しかし小坂さんはそれは違うとおっしゃいます。
聖書のメッセージは、誰だって価値のない人生はないということです。
そして人は自分の本当の価値を知ると、人生を変えることができるということです。

では、自分の価値はどうやって見つけることができるでしょうか?
聖書は、私達一人ひとりをこの世でたった一人しかいない存在だといっています。
そして聖書は、私達は神様という作者が作った貴重な作品だといっています。
さらに聖書は、私達の本当の価値を見出すためにイエス・キリストの十字架という代価があったといいます。

イエス・キリストは次のようにいいます。
「人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか」(マタイ16:26)。
私たち一人ひとりは全世界よりも尊いということです。
イエス・キリストはそのようなメッセージを私たちに語りかけています。

小坂さんは自分の本当に価値を見つけてもらいたいと訴えます。
そして自分の本当の価値をみつけたら、それに相応しくない人生を送ることはないとおっしゃいます。
私たちは素晴らしい人生を送ることができます。

最後に、小坂さんは1984年のロサンゼルスオリンピックの女子マラソンのお話をなさいました。
優勝したのはアメリカのジョーン・ベノイト選手でした。
ですが、このレースでは優勝者よりも記憶の残る選手がいました。
スイスのガブリエラ・アンデルセン選手です。
アンデルセン選手は、ふらふらになりながらもゴールに向かって歩いていました。
優勝者のゴールから20分後のことです。
その様子から、彼女は熱中症と思われましたが、彼女は最後まで諦めずにゴールする意思を示していました。
ゴールまでのアンデルセン選手の姿は世界に放送され、ゴールを諦めない姿に、人々は心を動かされました。
小坂さんは私たちに「最後まで諦めない」というメッセージを送ってくださいました。
最後まで諦めないことで、私たちは自分の本当の価値を見出せます。
そしてその価値に相応しい、素晴らしい人生を送ることができるのです。

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メッセージの後、ご自身のオリジナル曲を歌ってくださいました。
以下にその歌詞を記載いたします。

「勝利者」 作詞・作曲 小坂忠

 1 何が苦しめるのか
   何が喜びを 奪い去るのか
   心の中にはいつでも
   嵐のような戦いがある

   勝利者はいつでも
   苦しみ悩みながら
   それでも前に向かう

 2 君がつまずいた時
   失望の波に もまれていた時
   君は一人でいたんじゃない
   君を支えていた 誰かがいた

   勝利者はいつでも
   傷つき悩みながら
   それでも前に向かう

   どんな力も神の愛から
   君を離すことなどできない

   勝利者はいつでも
   苦しみ悩みながら
   それでも前に向かう

   勝利者はいつでも
   傷つき悩みながら
   それでも前に向かう

生徒たちのなかには、小坂さんの歌とメッセージに心を打たれた者が少なからずいました。
自分の本当に価値を見出そうとする若い魂に、小坂さんのメッセージが届いたことと思います。
小坂さんにおかれましては、この日の礼拝のために本校までお越しいただきました。
素晴らしいメッセージと歌を届けていただきました。
感謝の言葉を述べさせていただきます。
ありがとうございました。

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 講師:小坂 忠
  1948年東京で生まれる。細野晴臣、松本隆らと「エイプリルフール」を結成、日
 本の音楽界に大きな影響を与えた。後にクリスチャンとなり、自身のゴスペルレーベル
 『ミクタムレコード』を設立。日本だけでなく、海外でも精力的に活動を行っている。
  2011年の東日本大震災後には、継続的な支援を行っている。
  ※小坂忠氏のオフィシャルホームページはコチラです。

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なお礼拝後には2年生が、礼拝堂に飾られた花を携えて、交流のある福祉施設や学校を訪問いたしました。
訪問の様子については後日、本ブログでご報告させていただきます。
献品は持ち寄った花の他に、施設で必要とするタオルや石鹸です。

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◆施設訪問訪問先
  1.恵和学園(知的障がい者福祉施設)
  2.横浜訓盲院(視覚障がい者福祉施設)
  3.共楽荘(特別養護老人ホーム)
  4.シャロ-ム(特別養護老人ホーム)
  5.聖坂養護学校(特別支援学校)   
  6.ハマノ愛生園(老人福祉施設)           
  7.富岡はまかぜ(特別養護老人ホーム)
  8.衣笠ホ-ム(特別養護老人ホーム)
  9.わかたけ富岡(特別養護老人ホーム)
 10.鎌倉清和(知的障がい者福祉施設)



ペンテコステ礼拝

5月28日(木)、29日(金)にペンテコステ礼拝を行いました。

題名:「心を動かす力」

聖書:使徒言行録2:1−4


【説教の要旨】

 

ペンテコステとは教会の誕生日ですが、関東学院の誕生とも深く関わっています。
今日みなさんとお読みした聖書の箇所は、主イエスが十字架にかかり墓に葬られ、復活し天に昇られたあとの出来事です。主イエスの弟子達は主イエスと目に見える形で出会うことができなくなり、これから自分達はどう歩んで行くべきか、寂しさと不安を抱えながら皆で集まり祈っていました。そこに風のような音、炎のような舌というしるしと共に、弟子達に聖霊が降ったと記されています。聖霊というのは神様の力のことです。この神様の力を得た弟子達は様々な国の言葉で主イエスについて語り出したのでした。

弟子達が力を得て語り出さなければ、キリスト教が世界に広がることはありませんでした。キリスト教が世界に広がらなければ、関東学院のルーツとなるキリスト教の宣教師が日本に来ることもありませんでした。すなわち関東学院が立つこともなかったと言えるのです。ですからペンテコステは教会のみならず関東学院の誕生とも深く関わっていることを心に留めておいて下さい。この弟子達の心を動かした神様の力は、皆さんの心を動かすこともできます。

 

関東学院の校訓の「人になれ奉仕せよ」の「奉仕」とは「喜んで与える」ことです。みなさんは「受ける人」と「与える人」のどちらになりたいですか。受ける人になろうと思うことは簡単ですが、与える人になろうと思うことはそう簡単なことではありません。これからみなさんが生きていくなかで選択を迫られた時、「受ける人」ではなく「与える人」になることをみなさんが選びとることができるように願っています。その時、みなさんの心を動かす神様の力が与えられることを祈っています。



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