宗教改革記念礼拝

本日、16世紀にマルチン・ルターによって行われた宗教改革を記念して、宗教改革記念礼拝を
プロテスタント主義の本校でも執り行いました。

ゲスト講師に鎌倉恩寵教会の荒井仁先生をお招きして、ルターによる宗教改革がキリスト教において
どういった影響をもたらしたのかを、わかりやすくお話して頂きました。

まずルターが作詞した讃美歌267番を歌い、礼拝を始めました。



♪讃美歌267番 1番♪

神はわがやぐら、わがつよき盾、
苦しめるときの 近きたすけぞ
おのが力 おのが知恵を たのみとせる
陰府の長も などおそるべき



次に聖書朗読です。
箇所は新約聖書ルカによる福音書11章1節〜4節の「主の祈り」のところでした。



「主の祈り」の中に「わたしたちに必要な糧を毎日与えて下さい。」という一文があります。
荒井先生はここの一節から、本当の「平和」とは何かということをわかりやすく分かち合ってくだ
さいました。食事を取るということは、日常においてごくごく当たり前のことです。
しかし、私たちが実際に食べ物を前にするまでには、数々のプロセスがあり、目には見えない人の
働きがあります。食べ物を作る農家の方、食べ物を運んで下さる方、食べ物を調理する方など、
「目の前に食べ物がある」ということは、様々な人々が関わり、つまりは社会が平和な状態である
ということを意味します。

宗教と聞くと、私たちはどこか日常と切り離れた高尚で難解なものと考えてしまうことがあります。
しかしルターは宗教改革を通じて、キリスト教に示されるイエスの教えが日常生活と密に関わりがあ
ることを示しました。これこそが、まさに上の「主の祈り」に代表される事柄のようなことなのです。


日ごろ忙しい中で、あまり心落ち着かせること、日々の平和に目をとめることが少ないものですが、
このような機会に本当の平和とは何かを考えて過ごすことも必要だと改めて考えさせられました。



創立記念礼拝(中学)

関東学院の創立記念日は10月6日(木)です。
今週は創立記念週間として各校(幼稚園・小学校・中高・大学)でそれぞれ、創立を記念する行事がもたれます。
本校では、今日・明日が創立記念礼拝です。
本ブログでは本日、10月3日(月)に行われた創立記念礼拝(中学)の様子をご紹介します。




創立記念礼拝(中学)


◆讃美歌 234A 「昔、主イエスの播きたまいし」




◆聖 書 コヘレトの言葉 3章1節・11節

   1節 何事にも時があり
      天の下の出来事にはすべて定められた時がある。
  11節 神はすべてを時宜にかなうように造り、また、永遠を思う心を人に与えられる。
      それでもなお、神のなさる業を始めから終りまで見極めることは許されていない。


◆説 教


                   (河合輝一郎校長)


(要旨)
 関東学院の源流は127年前に遡ります。タイムマシンがあったら、関東学院の歴史の一部
を調べてみたいという思いに駆られますが、残念ながらそれはできません。

 今日は皆さんと「時間」について考えたいと思います。
 時間は私たちが生まれる前からずっと刻まれています。また私たちが死んだ後もずっと刻ま
れていきます。永遠に刻まれていく時間というものに、私たちはどこか不思議な思いがします。
古代の哲学者もこの時間の永遠性について考えを思い巡らせています。
 では、聖書は「時間」をどのように考えているでしょうか。

 コヘレトの言葉では、次のように記されています。
 「何事にも時があり
  天の下の出来事にはすべて定められた時がある。」

 聖書においては「時」は重要です。その瞬間・瞬間が大切なのです。それは神が定めた「時」
だからです。そしてその瞬間は私たちにとっても大切な時間なのです。
 無限に刻まれる時間のなかで、私たちの生きる時間は有限です。やがて終りがやってきます。
だからこそ今生きている<生>の瞬間は大きな意味をもつのです。

 創立記念週間にあたって、関東学院の歴史を振り返るとき、それは有限的な時間の積み重ね
であることがわかります。しかし、その時代に生きていた人々の<生>に関東学院は大きな影響
を与えてきたのです。
 関東学院初代院長の坂田祐は校訓「人になれ 奉仕せよ」を定めました。
 この校訓は、その時代・その時代に生きた言葉として働きました。またこの校訓は、その時
代に生きていた人々の<生>に大きな影響を与えました。そして2011年10月3日という今、
この校訓について考えている瞬間もまたとても貴重なのです。

 <生>がもし無限ならば、私たちは自分自身の<生>について考えることはしないでしょう。し
かし私たちの<生>は有限です。だから今日この時間が意味をもち、そしてとても大切な時間な
のです。

 この時間・この時間をどう生きるのか?

 この瞬間・この瞬間をどう考えるのか?
 
 今日読んだコヘレトの言葉はそのようなメッセージを私たちに与えてくれます。
 そして私たちの人生には大きな意味があります。

 皆さんはやがて本校を巣立って行きます。そしてそれが私たちの「時間」です。繰り返され
ることはありません。この「時間」を意味あるものにしたいと願ったとき、私たちは自分の生
き方を真剣に考えるはずです。また今の時間・場所・学ぶことへの意味が湧いてきます。

 127年前の関東学院の源流に思いを馳せるとき、関東学院の果たした役割は今に及んでい
ます。関東学院で引き継がれた聖書の教えは今に及んでいるのです。
 創立記念は単位過去を振り返ることだけではありません。今に生きる関東学院、世の中に貢
献する関東学院の姿をを真剣に考えるときなのです。
 そして自分が生きる瞬間・瞬間を考えるとき、私たちは自分自身のうちに大きな使命がある
ことに気付かされるかもしれません。「定められた時」はそれを含んでいるはずなのです。

 皆さんには、私たちが、今現在、置かれている状況をぜひ考えてほしいと願っています。
 それを真剣に考えるとき、私たちの前には「いのち」と「希望」が見いだせると思います。


◆祈 祷 






秋季特別伝道礼拝

本日秋季特別伝道礼拝として、中学は1時限目に、高校は2時限目にそれぞれ礼拝が守られました。
説教者として日本基督教団蒔田教会より古谷正仁牧師をお招きし、お話をしていただきました。

礼拝は讃美歌から始まり、お祈りをもってお話がされました。


聖書箇所はマルコによる福音書2章1節から12節です。この箇所には重い皮膚病を患った寝たきり
の友人のために4人の男が、寝床ごと担ぎあげて主イエス・キリストが説教している場所まで彼を運
び彼を癒してもらう、という癒しの話が書かれています。



ここから、友人を思いやることの大切さについて古谷先生は話して下さいました。また、古谷先生自
身の経験から、自分ではどうしようもないことも人生では起こりうるが、聖書にはそれらの試練に耐
える方法や知恵を示すヒントがたくさん書かれているということも話して下さいました。

2学期中盤に学校全体で伝道礼拝を守れたことに感謝して、今後の礼拝においても、生徒が聖書の教
えから生きるヒントをたくさん得ていくことを、教職員一同心から願っています。


秋季特別伝道礼拝のお知らせ【9月30日(金)】

特別伝道礼拝のお知らです。
今週金曜日の9月30日(金)は秋季特別伝道礼拝です。




9月30日(金) 礼拝堂

○中学礼拝 8:50〜9:35

「共感力」 ◆聖書 マルコによる福音書2:1〜5

  数日後、イエスが再びカファルナウムに来られると、家におられることが知れ渡り、
 大勢の人が集まったので、戸口の辺りまですきまもないほどになった。イエスが御言
 葉を語っておられると、四人の男が中風の人を運んで来た。しかし、群衆に阻まれて、
 イエスのもとに連れて行くことができなかったので、イエスがおられる辺りの屋根を
 はがして穴をあけ、病人の寝ている床をつり降ろした。イエスはその人たちの信仰を
 見て、中風の人に、「子よ、あなたの罪は赦される」と言われた。


○高校礼拝 9:45〜10:30

「苦しみに耐える」 ◆聖書 マタイによる福音書8:1〜4
            
  イエスが山を下りられると、大勢の群衆が従った。すると、一人のらい病を患って
 いる人がイエスに近寄り、ひれ伏して、「主よ、御心ならば、わたしを清くすること
 がおできになります」と言った。イエスが手を差し伸べてその人に触れ、「よろしい。
 清くなれ」と言われると、たちまち、らい病は清くなった。イエスはその人に言われ
 た。「だれにも話さないように気をつけなさい。ただ、行って祭司に体を見せ、モー
 セが定めた供え物を献げて、人々に証明しなさい。」


■講師
 日本キリスト教団 蒔田教会 古谷正仁 牧師

  古谷 正仁(ふるや まさよし)牧師 略歴
   明治学院大学卒、日本聖書神学校卒、ウェスレー神学校留学
   現在、日本キリスト教団蒔田教会牧師、日本聖書神学校教授



中学全体礼拝

今朝の礼拝堂での礼拝は1学期最後の全体礼拝です。
礼拝堂では、月曜日・木曜日が中学全体礼拝、火曜日・金曜日が高校全体礼拝です。
礼拝堂の礼拝でない曜日はクラスでホーム礼拝です。
そして高校生は明日から、中学生は明後日から期末試験です。
礼拝堂には中学生が集まりました。いつもの礼拝が守られます。今日の礼拝の担当は河合校長です。




■讃美歌 285(主よ、み手もて)

1.主よ、み手もて ひかせたまえ、
  ただわが主の 道をあゆまん。
  いかに暗く かわしくとも、
  みむねならば われいとわじ。   (2番〜3番 略)






■聖書朗読 ローマの信徒への手紙13章11節〜14節

 更に、あなたがたは今がどんな時であるかを知っています。あなたがたが眠りから覚めるべき時が既に来ています。今や、わたしたちが信仰に入ったころよりも、救いは近づいているからです。夜は更け、日は近づいた。だから、闇の行いを脱ぎ捨てて光の武具を身に着けましょう。日中を歩むように、品位をもって歩もうではありませんか。酒宴と酩酊、淫乱と好色、争いとねたみを捨て、主イエス・キリストを身にまといなさい。欲望を満足させようとして、肉に心を用いてはなりません。



■お話(要旨)






1.広島を訪れたときの衝撃

 30数年前に訪れた広島の原爆ドームを見たときの衝撃は今でも忘れられません。当時のままの姿で残る原爆ドームの空間だけが、時間から取り残されているように思えました。また広島原爆資料館で見た1枚の写真も衝撃的でした。それは人間の影が原爆の熱線によって階段に焼き付けられた写真です。人間の生命について改めて考えさせられた瞬間でした。
 30数年前に訪れた広島での衝撃は今でも忘れられません。またそれは今起こっている福島の原発事故とダブって見えます。


2.村上春樹氏のスピーチ

 村上春樹氏のスピーチ「非現実的な夢想家として」が新聞に掲載されたのを興味深く読みました。
 村上氏は、たとえ世界中が日本をあざ笑ったとしても、原爆体験による核に対するアレルギーを持ち続け、核を使わないエネルギーの開発を中心命題に据えるべきだったと語っています。またそれが広島と長崎で亡くなった多くの犠牲者に対する、我々の集合的責任の取り方となったはずだと訴えています。
 しかしながら、現実は村上氏の提案のようにはなってはいません。電力会社の株主総会では、株主による脱原発の提案は否決されました。もちろんそれは、原子力や核のことを考えなくていいということではありません。


3.パウロのメッセージ

 パウロは、ローマの信徒たちに、イエス・キリストを想起させ「あなたがたは今がどんな時であるかを知っています。あなたがたが眠りから覚めるべき時が既に来ています」と語りかけています。そしてこれは現代の私たちに対するメッセージなのです。
 日本で起こっている現実は、私たちに警鐘を鳴らしています。けれどもパウロは、「救いは近づいている」と述べています。そしてパウロは「闇の行いを脱ぎ捨てて光の武具を身に着けましょう」と訴えています。


4.新しい倫理と新しい言葉

 村上氏は、壊れた道路や建物を再建するのは、それを専門とする人々の仕事になるが、損なわれた倫理や規範の再生を試みるとき、それは我々全員の仕事になると語っています。そしてその試みは大がかりな「集合作業」であり、言葉を専門とする我々=職業的作家たちが進んで関われる部分があるはずだと述べています。そして我々(=職業的作家)は新しい倫理や規範と、新しい言葉とを連結させなくてはならなないと訴えています。


5.主イエス・キリストを身にまとう

 私たちは厳しい現実に向きあっていますが、未来に向けた前向きさを決して失ってはいけません。私たちもまた、新しい倫理や規範と、新しい言葉とを連結させるべき役割を担っているのです。
 またその前向きさを支えてくれるのは神であるということを私たちは忘れてはなりません。そして私たちはパウロにならい「主イエス・キリストを身にまとい」たいと思います。


■祈祷





新しい一週間が始まりました。
期末試験も控えています。
この一週間生徒たちにとってよき学びのときになるようお祈りしたいと思います。


春季特別伝道礼拝

本日、春季特別伝道礼拝(花の日礼拝)が行われました。高校生は1限、中学生は2限の時間帯に礼拝堂で実施されました。
夏の花が咲き乱れる一年で最も美しい季節に、神から与えられた自然の恵みに感謝するため守られるようになったのが「花の日礼拝」です。本校では春季特別伝道礼拝として守ります。また、「豊かな自然の恵みを皆で分かち合おう」という気持ちを表すため、例年1年生では施設を訪問し、各家庭より献じられたお花をお届けしています。

本日の礼拝の講師は声楽家の遠藤久美子先生。東京二期会のソプラノ会員でいらっしゃる遠藤先生は、東京芸術大学声楽科を卒業後、イタリアに国費留学されているときに洗礼を受けられました。帰国後には上智大学神学部に入学、現在は同大学院に在籍していらっしゃいます。



旧約聖書の「コレヘトの言葉」12章1節
『青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ。苦しみの日々が来ないうちに。「年を重ねることに喜びはない」と言う年齢にならないうちに」という一節をとりあげてお話をしてくださいました。
留学時にイタリアの人々が当たり前のように宗教について質問すること、宗教は彼らにとって命がけの問題であり、2000年の歴史が体に染みついていることに感銘を受けたそうです。今回の震災のように想定外のことが起きたときに、何において自らを確かなものにしていくのか、ということを考える必要があるのではないかとおっしゃいました。人類の無力さを自覚した今こそ、大地を揺るがすことができる創造の神に目を向けるときであり、それが10代の青春の日々であることが大切であると訴えてくださいました。
留学中、ある意味で孤独で厳しいときでしたが日本を冷静な目で見つめ直すことができたことを、ご自身の貴重な経験に基づいて話されました。とかく語学さえできれば国際人であるかのような短絡的な風潮に流されることなく、言葉を超越した芸術などを通して、感じ合い認め合うことでバランスの良い人格を形成していくことの大切さを語られ、もし留学する際には聖書を持参することで、支えとなり、自らの指針となりうることをメッセージとして残してくださいました。

このような心に響く貴重なお話の間に、「ふるさと」など3曲の歌も披露してくださいました。


関東学院教会礼拝堂訪問

6月13日(月)、1年生の聖書の授業の一環として、関東学院教会を訪問しました。





この関東学院教会の訪問は、教会の活動を学び、教会の礼拝への出席を促すことが目的です。

関東学院の六浦キャンパスには、本校の礼拝堂も含めいくつかの礼拝堂があります。
関東学院六浦小学校、関東学院大学人間環境学部、そして本校です。
今日訪問した関東学院教会も、六浦キャンパスのチャペルです。
そして関東学院教会は日曜日に礼拝を守っている教会です。
またこの教会は、本校のすぐ近くにあります。






今日の1年生の訪問では、礼拝堂の中を見学させていだきました。
そして関東学院教会の礼拝や集会の案内を伺いました。






関東学院教会は、「日本バプテスト同盟」に所属する教会なので、バプテスマ(=洗礼)をとても大切に考えます。
上の写真は、そのバプテスマで使われる「バプテストリー」です。
プロテスタント教会の教会のなかには、「滴礼(てきれい)」といって頭部に水を滴らせる洗礼もあります。
プロテスタント教会の中でもバプテスト教会は「侵礼(しんれい)」といって身体をすべて水に浸け式を行います。






教会訪問では、生徒からいろいろな質問が飛び出しました。


「神様はどんな方ですか?」

「なぜ神様は目に見えないんですか?」

「イエス・キリストって本当にいたんですか?」

「聖書はどうやって書かれたんですか?」

「教会ではなんでオルガンが使われるんですか?(ピアノじゃなくて)」

「礼拝って何分ぐらいですか?」

「十字架のまわりの光は何ですか? どこの教会もあんなふうになっているんですか?」

   ・・・








訪問を終えた生徒たちは、1時間の授業を終え本校に戻っていきます。
教室で行ういつもとは違う授業でした!


関東学院教会では、毎週日曜日午前10:30から礼拝を守っています。
生徒の皆さんには、近くの教会の礼拝に出席して欲しいと思います。


なお、聖書科による関東学院教会の訪問は下記のように実施されます。

6月10日(金)1年4組
  13日(月)1年5組
  13日(月)1年1組←本時
  14日(火)1年6組
  18日(土)1年2組
  24日(金)1年3組




春季特別伝道礼拝(花の日礼拝)のお知らせ

春季特別伝道礼拝(花の日礼拝)のお知らせ




本校では下記のように「春季特別伝道礼拝(花の日礼拝)」を行います。


◆と き 6月17日(金)

・高校生…第1時限
・中学生…第2時限


◆講 師 遠藤久美子 先生(二期会)

■講師プロフィール
 東京芸術大学音楽部声楽科卒、文化庁オペラ研修所第6期生終了、イタリア政府給費留学生として留学、
 国立パルマ音楽院で研鑽。ピサ歌劇場、二期会主催公演、新国立劇場、日生劇場等、国内外で活躍。
 現在上智大学大学院在学中、二期会会員及び代議員。






生徒の皆さんには、花の献品のご協力をお願いします!

※タオル・石鹸も受け付けます。


◆花を集める日

・6月15日(水)、16日(木)、17日(金)の3日間


◆花を集める場所

・本校事務室前(高校宗教委員・学年宗教行事実行委員が担当します。)



◆花の献品先(1年生が訪問します。)

 1.恵和学園(知的障がい者施設)
 2.横浜訓盲院(視覚障がい者施設)
 3.共楽荘(特別養護老人ホ−ム)
 4.シャローム(特別養護老人ホ−ム)
 5.もやい(社会福祉法人知的障がい者施設)
 6.富岡はまかぜ(特別養護老人ホ−ム)
 7.聖星学園(知的障害者通所施設)
 8.衣笠ホ−ム(特別養護老人ホ−ム)
 9.鎌倉清和園(知的障害者通所施設)
10.わかたけ富岡(特別養護老人ホ−ム)


花の献品のご協力をお願いいたします!



※ブログに掲載したポスターの写真は1年生が担当しました。
※ポスターは各クラスの教室に掲示しています。




ペンテコステ礼拝

中学生は6月9日(木)、高校生は6月10日(金)の2日間、朝の礼拝の時間にペンテコステ礼拝を守りました。




「ペンテコステ」は、キリスト教の三大祝祭の1つです。
ペンテコステ礼拝は、イエス・キリストが復活されて50日目に聖霊が降り、
最初の教会が誕生したことを記念して守る礼拝です。
またペンテコステの他の祝祭はクリスマスとイースターです。


本校ではこの2日間、日本キリスト教団横浜磯子教会の中村清牧師をお招きし、
「わたしの霊すべての人に注ぐ」と題して、メッセージを聞きました。




ペンテコステ礼拝のプログラムは以下の通りです。


◆前奏(黙祷)


◆讃美歌 24

 1.父のかみよ、夜は去りて、
   あらたなる朝となりぬ。
   われらは今みまえにいでて、
   御名をあがむ。

   (2・3略)

   ※10日(金)の高校の礼拝は187番(「主よ、命の言葉を」)


◆聖書

 使徒言行録2章17節・18節

 『神は言われる。終わりの時に
 わたしの霊をすべての人に注ぐ。
 すると、あなたたちの息子と娘は預言し、
 若者は幻を見、老人は夢を見る。
 わたしの僕やはしためにも、
 そのときには、わたしの霊を注ぐ。
 すると、彼らは預言する。


◆説教(メッセージ)

 「わたしの霊すべての人に注ぐ」



   日本キリスト教団 横浜磯子教会
          中村 清 牧師






◆祈祷

◆頌栄 541

 父、み子、みたまの
 おおみかみに、
 ときわにたえせず
 みさかえあれ。


◆祝祷


◆後奏(黙祷)



礼拝のお話で中村牧師は力強いメッセージを生徒たちに語りかけてくださいました。

「若者は幻を見」る。

学校生活の中で、また普段の生活の中で、
私たちはどのような幻(=ビジョン)を思い描くかが問われています。
将来のビジョンです。

この2日間の礼拝の中で、生徒たちはそれぞれ自分の将来のビジョンを思い描いたと思います。
そしてそのビジョンが、私たち自身にとって、よりよいものであることを祈りたいと思います。

2日間の礼拝でお話をしてくださった中村先生にはこの場を借りて御礼を申し上げます。
ありがとうございました。



教会では来週の6月12日(日)がペンテコステ礼拝です。
生徒の皆さんには、近くの教会の礼拝に出席することをお勧めいたします。






イースター礼拝(中学)

教会の暦では4月24日(日)がイースター礼拝ですが、本校では今週の木曜・金曜にイースター礼拝を守ります。
そして今日、4月14日(木)は中学校のイースター礼拝です。
いつもの朝の礼拝の時間に先生をお招きしてイースター礼拝を守りました。




中学校のイースター礼拝は、衣笠病院の大野高志牧師をお招きして行われました。
大野先生からは、震災以降、少なからぬ不安を抱えている私たちに間に、必ず主イエスが共におられるという力強いメッセージをいただきました。そしてイースターの喜びを分かち合いました。


イースター礼拝プログラムは以下の通りです。


イースター礼拝

4月14日(木)8:25〜8:45(本校礼拝堂)


■讃 美 歌 24「父の神よ、夜は去りて」

■聖書朗読 ルカによる福音書24章13節〜27節
        (※聖書箇所はブログの下の方に引用しています。)






■メッセージ「聴かれ、立ち上がる」



                      日本医療伝道会 衣笠病院
                        大野 高志 牧師









■祈  祷

■頌  栄 541「父、み子、みたまの」

■祝  祷



―――――(ルカによる福音書24章13節〜27節「エマオで現れる」)―――――

 ちょうどこの日、二人の弟子が、エルサレムから六十スタディオン離れたエマオとい
う村へ向かって歩きながら、この一切の出来事について話し合っていた。話し合い論じ
合っていると、イエス御自身が近づいて来て、一緒に歩き始められた。しかし、二人の
目は遮られていて、イエスだとは分からなかった。イエスは、「歩きながら、やり取り
しているその話は何のことですか」と言われた。二人は暗い顔をして立ち止まった。そ
の一人のクレオパという人が答えた。「エルサレムに滞在していながら、この数日そこ
で起こったことを、あなただけはご存じなかったのですか。」イエスが、「どんなこと
ですか」と言われると、二人は言った。「ナザレのイエスのことです。この方は、神と
民全体の前で、行いにも言葉にも力のある預言者でした。それなのに、わたしたちの祭
司長たちや議員たちは、死刑にするため引き渡して、十字架につけてしまったのです。
わたしたちは、あの方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていました。し
かも、そのことがあってから、もう今日で三日目になります。ところが、仲間の婦人た
ちがわたしたちを驚かせました。婦人たちは朝早く墓へ行きましたが、遺体を見つけず
に戻って来ました。そして、天使たちが現れ、『イエスは生きておられる』と告げたと
言うのです。仲間の者が何人か墓へ行ってみたのですが、婦人たちが言ったとおりで、
あの方は見当たりませんでした。」そこで、イエスは言われた。「ああ、物分かりが悪
く、心が鈍く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち、メシアはこういう
苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか。」そして、モーセとすべての預
言者から始めて、聖書全体にわたり、御自分について書かれていることを説明された。

――――――――――――――――(引用おわり)――――――――――――――――



明日の15日(金)は高校のイースター礼拝です。




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