『校報』第115号(ブログ版・その1) 2018年度 年度聖句

2018年度 年度聖句     宗教主任 伊藤 多香子


「『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。隣人を自分のように愛しなさい。』この二つにまさる掟はほかにない。」
(マルコによる福音書12章30節〜31節)

 

前任校で、卒業式の当日に卒業アルバムに聖書の言葉を書いてほしいと言われて、どれにしようかと悩みました。それは、今後この生徒が成長し、「次に卒業アルバムを見るのはどのようなときだろう?」とか、「このページまでたどり着くのは元気なときだろうか、それとも…」と考え始めてしまったからです。しかし最後には、ある一つの視点に立って決定し、友人やほかの先生方からの言葉が記されているページの中で、できるだけ目立つように記しました。それが今年の年度聖句です。


     *

 
この聖句ではまず人間のすべてを尽くして神を愛することが求められています。つまり、何かのついでに神を信じるとか、自分の都合に合わせて神を利用するとか、自分中心に神を理解しようとすることを拒んでいます。徹底的に神を求めることで、人間の在り方が理解できるようになります。神を愛することで、神に愛されている価値ある存在として神に向かい合うことになります。

 

次に、隣人を自分のように愛することが求められていますが、隣人を愛する前提として、「自分を愛する」ことがあります。それは自分に溺れるようなナルシズムではありません。自己を絶対化するのではなく、神との関係の中で見えてきた「自分」を受けとめ、肯定するということです。完全な神に向かい合って見える自分の姿は、弱く、自己中心的な存在でありながら、その弱さを引き受けてくださる神と共に生きることを望まれているものです。


こうして神とのあるべき関係に生きるものは、自らに示された神の「愛」に倣って隣人を愛し、弱さを受け入れ合い、共に生きることを願うようになるのです。


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中学は新学習指導要領が実施されるための移行期間に入りました。大学入試の改革など、教育が直面する課題は複雑かつ多様化しています。時代の流れを読む力をもたなければ、目指すべき目標を見失う恐れを感じます。しかし、大きく変わる時代の中にあっても、建学の精神であるキリスト教に基づく教育の実践はかわりません。校訓に示される人間像を追い求める教育を行うことが本校の教育の根底にあります。神がこの世界を愛するがゆえに、この世界に仕えられたことを心に留め、隣人との関係を「愛」によって作り上げる生き方を求める人間の育成を目指す教育です。たとえ危機的状況におかれたとしても、他者を押しのけて自己実現を追求するとか、勝ち抜くようにして生きる人間ではなく、隣人と世界に仕える人間の育成です。そしてこの「真理」に従わなければ、人間は本当の自分を生きることができないことも忘れてはなりません。


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毎年選ぶ年度聖句は、すべてに共通した願いがその背後にあります。それは、キリスト教学校に入学した本校の生徒が、卒業までに出会い、できれば心のどこかに引っ掛かっていて、必要なときに思い出して励まされる言葉となってほしいという想いです。これだけあれば生きていける、という力を持つ言葉として心の片隅に残ってほしいという祈りです。

 

今年度の聖句は、キリスト教とは何か、聖書に何が書いてあるかを示している言葉です。卒業アルバムに記す言葉として選んだ理由はここにあります。



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