【連載】3・11を振り返る―本校の防災体制と情報発信を考える―(第4回)

4.3月11日・巨大地震発生

 2011年3月11日(金)14時46分、宮城県沖で巨大地震が発生しました。
 この地震は規模は極めて巨大で、震源地から遠く離れた本校の位置する横浜市金沢区
も影響を受けています。金沢区のある地域では液状化現象が起こすほどでした。本校の
校舎内でも大きな揺れを感じました。特に校舎の上層階では大きな横揺れを感じました。
そして前述したように、本校にはクラブ・授業などで生徒が少なからず登校していまし
た。
 本校では後に、全ての教員からこの日の地震直後の様子についての質問紙で調査を行
い、その回答をまとめています。その回答のなかに次のような回答があります。

 「逃げるタイミングと場所がわからずパニック状態になっている生徒が多くいた。」

 生徒にとっともこの巨大地震は今までに経験したこともないような揺れであったと思
います。また校内には、身体を守る場所がないような施設の教室もあります。そして生
徒は、校舎内・グラウンド・体育館に分散していました。多くの生徒が不安になったと
思います。教職員も同様です。校内にいた多くの者が、引き続き地震が起こるのではな
いかという恐怖を抱きました。

 校舎内・グラウンド・体育館などにいた生徒は、中庭に集められました。生徒たちを
クラブ単位・授業単位に集合させ、それぞれの人数の確認をしました。また教員が手分
けをして校舎内に残っている生徒がいないかどうかを確認して回りました。もちろんこ
の間も余震は続いていました。
 生徒たちを中庭に集めたことが適切であったどうかの判断は難しいと思います。むし
ろ地震においては校舎内の方が安全であるかもしれません。しかしこのとき、生徒たち
を中庭に集合させたのは、校舎の倒壊を心配したからです。結果的には、生徒たちを中
庭に集めたことによって登校していた生徒の確認ができました。またこの後、生徒たち
を学年ごとに振り分けるのもスムーズに行うことができました。
 一方この間、関東学院大では学生たちの避難が始まっていました。
 本校を含むエリアの避難場所は「室の木公園」に指定されています。関東学院大学も
同様です。大学では学生たちを避難させるために、室の木公園に次々に移動を始めまし
た。
 このとき、室の木公園の様子を見に行った教員がいます。前述の質問紙調査の回答に
は次のようなものがあります。

 「避難場所として室の木は不適。実際、室の木は大学生でいっぱいになってしまい、
 移動できなかった。」


 関東学院大学もこの日、多くの学生が通学していました。室の木公園のキャパシティ
は本校・関東学院大学また近隣の住民の方全員が避難するほどの広さを有してはいませ
ん。結果的に見て、生徒たちを本校が中庭に集めたことで、かえって混乱を引き起こし
にくかったとも言えます。
 そしてこのとき、すでに地震による津波の到達時刻が近づいていました。教員の報告
では、校舎の屋上から、本校の近くある平潟湾に向かって流れる侍従川の「引き波」が
見えたという報告もありました。
 本校では、生徒たちを、耐震強度がもっと強い校舎である2号館に避難する方法をと
りました。

                                 (以下第5回)


※第1回はコチラです。
※第2回はコチラです。
※第3回はコチラです。





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