校長メッセージ(2学期始業式)



夏休みが終わり、2学期の始まりです。

学校の1年間を眺めると、どこの学校でもこの2学期には、学習すべきことがたくさん盛り込まれ、取り組むべきことも多く、大きな行事も計画されています。

本校も大きな行事の六浦祭が2学期の真ん中の10月31日、11月1日にあります。六浦祭は、心の奥深くに思い出となって残る感動を経験するときです。特に、6年生のみなさんは最後の六浦祭ですから、一生懸命に取り組むことでしょう。

しかし、その前には中間試験があります。学年によっては社会見学や一日研修などもあります。六浦祭が終わると期末試験に備えます。その後、学校はクリスマスの準備に入っていきます。

2学期を眺めるとたくさんの学習と大きな行事、部活動はもちろん様々な活動があります。それは一人一人が最も「成長」できる時期だからです。

さて、「成長」を植物で考えます。

種の発芽に必要なのは、「水」と「空気」と種に適切な「温度」です。発芽したあと、成長に必要なものは「水」と「空気」と「温度」と、そして「光」です。「光」は、成長のためのエネルギーを作ります。生きてゆくために欠かせません。「光」が無ければ、枯れて死んでしまいます。

私達にとって1学期は、発芽の時です。どの学年の生徒も発芽するのが1学期です。学校は、大切に、大切に、皆さんがしっかりと芽を出すように、水と空気と温度を準備します。ガイダンス、宿泊の研修もその一つでした。

2学期は、成長のために「光」を浴びます。この「光」とは、もちろん学習であり、様々な活動や取り組み、そして行事です。どれも頑張りと工夫、協力と責任をもった働きが必要です。私たちにとって「光」とはまた、経験する苦労や達成感、充実感でもあります。様々な体験や達成感の経験を通して人間として成長するからです。植物は「光」を受けて成長し、その植物固有の実を結んでいきます。私たちは、2学期の学習や取り組みを通して更に大きく成長していきます。

しかし、机に向かった勉強だけではたくましく成長はしません。もちろん、過去を学び、人間社会の生み出してきた様々な知恵や知識、科学技術を学び、人間として単なる「生物」以上の力を身に付けて行くことが大切です。しかし、それだけでは完全な成長にはなりません。

これまで学んできたこと、経験してきたこと、自分では気付かないけれども「生きる力」となったものを自分の中から引き出して、新しいことに実際にぶつけてゆく、活動や行事に真剣に向かってゆくことが必要です。取り組みの中で色々と苦労しますが、その苦労があって更に一回り大きく成長するのです。2学期に勉強やテスト、大きな行事がいくつもスケジュールに組み込まれているのは、そのためなのです。

植物にとって、その植物に適切な程度以上に「光」が強ければ、植物はしおれたり枯れたりします。逆に「光」が弱くては、十分に成長できません。実もできません。私たちも同じです。勉強も活動も一生懸命に励むことはよいことです。しかし、その全てが強すぎれば、本当に必要な成長のための「光」を見失って倒れてしまいます。2学期の流れの中で、勉強や行事などに振り回されないように、自分をしっかり見つめて歩みましょう。

そして、何があっても、見えない方が存在し、その存在に自分が守られていることを信じるのです。特に6年生は、瞬く間に過ぎてゆく時の流れに、焦りを感じる人も出てくるでしょう。しかし、守られていることを信じましょう。

日を重ねてゆくと、自分の目標と現実が合わずに、どんどん押し寄せてくる勉強やら行事やら、活動の中の仕事やらに押し潰されそうになる人が必ず出てきます。「今はこんな風になっているべきなのに…」という思いで、現実との違いに潰されそうになることがあります。また、自分だけが周囲から置き去りにされたような気になり、元気が出なくなる人もいます。しかし、それは悪いことではない。なにも悪くはない。失敗でもありません。このことを皆さんに、今日の始業式に伝えたいと思います。

今日の聖書の箇所は、私たちに語っています。

「思い煩いは、何もかも神にお任せしなさい。神が、あなたがたのことを心にかけていてくださるからです。」そして、「信仰にしっかり踏みとどまって、悪魔に抵抗しなさい。」とあります。

「悪魔に抵抗しなさい」とありますが、さて、悪魔とは何でしょうか。

それは、見つめるべきもの、すなわち、見えないけれども確かにいる信じるべき神を、見失わせて苦しませてしまう「思い」、誰もが心に持つ「迷い」です。人の心の中の、いろいろなことに惑う気持ちです。だから、「悪魔に抵抗する」ということは、心の惑いに迷わないようにすること。つまり、全て神様に任せなさい、ということです。今日の讃美歌の48番は、学院の創立に大きく貢献したベネット先生ご夫妻の作詞作曲ですが、ベンネット先生は、2番の歌詞に「父にぞゆだねん。今日、撒きし種を」と詠っています。

聖書は私たちに示します。「しばらくの間苦しんだあなたがたを完全な者とし、強め、力づけ、揺らぐことがないようにしてくださいます。」

周囲の動きに自分だけ置き去りにされたような気がして、どうしても元気が出なくなっても悪くはない。あるいは、「今はこんな風になっているはず」という気持ちと実際の違いに潰れそうになることがあっても悪くはないのです。むしろ、程度の差はあっても、気おくれを感じて沈むことは誰にもある、ということを知っておきましょう。

頑張れるときと、頑張れないとき、頑張ってはいけないときがあります。寒くなり、夕暮れも早くなり、秋の物悲しさも2学期の多忙さと反比例で深まる中、頑張れ!と言ってはいけないときもあるのです。一休みすることもいいのです。

「時」が必要だということです。植物と同じです。水や空気や適当な温度、そして光があっても、今日に芽が出て、明日すぐに実るということはありません。成長してゆく中では、快く光を浴びる日ばかりではない。光の強い日もあれば雨の日もある。曇りの日も、風の日もあり、寒い日もある。「時」がかかるのです。

夏休みの疲れもあるかもしれません。しかし、新たな決意で今日を迎えていると思います。長い2学期が始まります。頑張ってしっかり歩みだしましょう。

しかし、盛りだくさんの2学期、疲れた日には今日の話を思い出してみてください。



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